『ボタン色の桜について』

     P9より


「そう怒りなさんな」
 ちぇ、と軽く舌打ってそっぽを向いたブン太の足を軽く蹴るとすぐに蹴り返されてしまった。
「怒ってねーよ。それよか、これ」
 どうすると目線で訊ねられて再び首を捻る。
 互いの手の上で所在なく転がるボタンは手の中ですっかり温もっていた。
「ん−…じゃあ屋根にでも投げてみる?」
「乳歯かよ」
 苦し紛れの案もあっさりと却下されてしまい、さりとてブン太の方にも特に何か良い案があるというわけでもなさそうだった。
 無言のまま二人は何ともなしにしばらくぼんやりと意識を巡らせる。
「──三年」
「え?」
「三年、使ったらさすがに傷だらけだな」
 ポツリと、指先で弄っていたボタンを目の前に翳すようにしてブン太が呟いた。
 ひどく大事なものを胸に返すようにそれを見つめる彼の横顔に、躯の奥がざわめく。息苦しさに似た疼きに伏せてしまった睫毛をゆっくりと押し上げて、仁王はもう一度じっくりと手の中のボタンを眺めた。
「おまえの方が色、剥げとるよ。扱い悪かったもんな。すぐその辺に放りよったし」
 彼と共に三年という歳月を過ごしてきた物だと思うと、その傷の一つ一つが意味を持って胸に迫った。
 こんな単なるボタンの単なる傷を愛しく感じてしまう自分は、多分もう本当に、どうしようもない。
「嘘だ。おまえの方がひどいって。しょっちゅう屋上で寝ていやがったじゃん」
「うつ伏せでなんか寝んもん。関係なかよ」
 不満そうに唇を尖らせながらも声に甘さを滲ませたブン太が、二人のボタンを見比べようとして頭を寄せてきた。
「ほら、」
「いややっぱりおまえじゃろ」
 どちらも大差無いそれを見せ合いながら隣を見返ると、こちらへ向けられていたブン太の視線とかち合った。
 近い距離で互いの瞳を覗いてしまい、ふいに体温が上がる。