『訪問者』

    「日溜まりの訪問者」(七瀬)P35より


「せっかくの連休なんだからもっと有意義に使いなよ、渋谷」
 ゆっくりと答えると、予測通りに渋谷が顔を顰めた。
「だから春日先輩誘ってるんでしょう。俺にとってそれ以上有意義な過ごし方なんてありません」
「じゃあ普通に会って夕御飯でも食べようよ。それでいいだろ?」
 チラリと楠木がこちらへ視線を向けたのがわかったが、気づかなかった振りをしてカップに口をつける。熱い液体が喉の奥を流れ落ちていき、胸を灼いた。
「…別にそれでもいいことはいいんですけど」
「じゃあそれで。場所は渋谷にまかせるよ」
 会わない、と言っているわけではないので彼が嫌だと言えないことはわかっていた。春日のこの卑怯なやり方を彼は昔から十分知っているはずなのに、それでも未だに真直ぐに誘いをかけてくる彼が不憫に思えてならなかった。
 どうして彼は、こんな自分が好きだと言うのだろうか。
 十年以上前から繰り返してきた疑問がまた春日の胸を覆った。
「旅行くらい行ってやれば? どうせおまえ、特に予定無いって言ってただろ」
 ずっと黙っていた楠木が頬杖をついたままつまらなそうにそう告げたので、曇っていた渋谷の顔がパッと明るさを取り戻した。余計なことを、と睨んでやったが、この十年来の友人は素知らぬ顔でコーヒーを啜った。
「夕飯もいいですけど、俺、先輩ともっとちゃんと一緒に出かけたいんです。たまにはどこか二人で旅行してみたくて。泊まりがけで」
「俺は別に渋谷と付き合ってるわけじゃないよ」
 静かに、だがはっきりと言い捨てると、渋谷の頬が一瞬強張った。
「…知ってます」
 掠れた声でそう言って、彼は柔らかく微笑んだ。
 その諦めたような表情があまりに優しくて、春日は息が詰まるような痛みを感じた。
「わかってるじゃないか。だから旅行なんて行けないよ」
「春日先輩、」
「無理だって。──寝るだけだったらいつでもいいって言ってるだろ?」
 目の前の瞳が、打たれたように見張られた。
 決定打だ、と頭の隅で哀しいほど冷静にそう思った。
「偲、」
 低い声を押し出した楠木を無視して、口を開く。
「悪いけど、俺が与えられるものなんて体くらいだよ」