『lamp.』

    「lamp.」P19より


 「伊角さん、寒くない?」
 「大丈夫。それよりどこ行くんだよ? おまえんち?」
 「秘密」
 時折かけられる声はいつもと変わらないように思えたけれど。
 他愛のない言葉と、言葉以上の意味を成さない相づちと。
 ハンドルを握る和谷の手に不自然に力がこもっているのがわかってしまう。
 紡がれることなく澱となって沈んだ言葉たちが和谷の背中を覆っているようだった。
 腕を回した躯から伝わってくる、躊躇いと、拒絶。
 それは愛情やその他の感情ではどうにもならない部分が支配している、意志とは別の所に存在する拒絶だ。
 和谷の痛みは、和谷のものでしかない。
 幾度となく繰り返してきたその想いの延長線上にひっそりと横たわっている。
 腕の中のこの躯も自転車の揺れも静謐な月の光も。
 全てが哀しいくらいはっきりとそう告げていた。
 「──メシの約束、破ってごめんな」
 緩やかな坂道に差しかかったところで思い出したように和谷が口を開いた。
 相変わらず何でもないようなその声に、先程までは無かった重さを見つけてしまう。
 認識させられてしまうのはこんな時だ。
 こんなにも。
 「いいって、そんな事」
 和谷のことが好きなのだ。