『Lover's FAKE』

     P26より


 鉛のように重たい体を何とか動かし、玄関へと向かう。
 何の夢を見たのかは憶えていなかったが、背中はじっとりと冷たい汗で湿っていた。
「…はい?」
 気怠く髪を掻き回しながら無造作にドアを開ける。
 そこに立っていた姿を見て、ドアノブに手をかけたまま仁王の体が固まった。
「よお」
 少し上目遣いに、ボソリとブン太が呟いた。
 走ってきたのか髪は乱れ、肩で荒い息を繰り返している。
「練習…」
「もう、終わった、よ。何時だと、思ってんだ、バーカ」
 動揺に掠れた声で呟くと、不機嫌そうに言い捨てられた。まだブン太の息は荒い。
 もう部活が終わっている時間なのだと言われて初めて気がついた。だがブン太の後ろに広がる空の色はまだ仄明るい茜色で、彼がどれだけ急いでここにやって来たのかを物語っていた。
「家の人は?」
「まだ誰も帰ってきとらんよ」
 平静を保とうとするあまり、やけに抑揚の無い言い方になってしまう。焦りに口の中が乾くのを感じていた。
「…上がっていい?」
 ずっと怒ったような剣呑とした顔をしていたくせに、急に少し不安そうな弱い声を出したブン太にハッとした。
 彼を傷つけたのだと、今更ながら罪悪感が沸き上がった。
「ええよ。入って」
 ドアを開けて後ろへ退き、走ったせいで乱れた赤い髪が通り過ぎていくのを息を詰めてじっと見守る。
 靴を脱いでいる彼に背を向けてドアを閉めると、家の中の静けさが急に際立って二人を包んだ。
 仁王の部屋に入るまで、どちらも何も言わなかった。
 荷物を床に下ろしたところで漸く仁王が飲み物を取ってくると告げると、いいから休めと言ってベッドに座らされてしまった。
「具合、どうなんだ?」
「ああもう大丈夫じゃ。たっぷり寝たし。わざわざ寄ってくれてありがとうな」
 何ともないのを示すように薄く微笑むと、ブン太はじっと仁王を見つめた。
「──寄らないとでも思ったのかよ?」
 にこりともせずにブン太の唇がひどく低い声を押し出し、仁王の顔からすっと笑みが消える。
「仁王、おまえって何でそう…本当に…っ…」