『白猫恋奇譚』

     P11より


 不二の指が動いて、髪をそっと耳にかける。
 からかうような笑みを唇に浮かべていたくせにその瞳に微かな不安の色を覗かせていた彼は、そんな菊丸を見て、ふうん、とつまらなそうに呟いた。
「それはそれは。まあ、頑張れば?」
 続けて投げられたそのやけに平坦な声に、一瞬きょとんとして不二を見つめる。
 気まずそうに視線を逸らされて、唐突に理解した菊丸の頬がたちまち緩んだ。
「だって、不二だよ?」
 先程のお返しとばかりに笑みを噛み殺しながらそう告げると、
「でも、それは僕だけど、僕じゃない」
 さっと頬を染めて低く呟いた不二が、目を軽く伏せたままフイと顔を背けた。
 不貞腐れたようなその横顔に、胸の奥からどうしようもなく愛しさが込み上げてくる。
 思わず引き寄せてぎゅっと抱きしめると触れ合った頬が熱くて、またじわりと愛しさが染みた。
「いいじゃん、ここにいる俺はこの不二しか見てないんだから」
 額を合わせて瞳を覗くと、
「…さあ、どうだか」
 やはり視線を逸らした不二が頬を火照らせながら可愛気なく呟いたので、堪えきれなくなって噛み付くように口付けた。この腕の中の彼のことが好きで好きでもうこれ以上などないといつも思うのに、その更に先があったのだとこうして簡単に教えられてしまう。
 もう今度こそこれが限界だと柔らかな唇を貪りながら苦しい程の愛おしさに思ったが、またすぐに思い違いだったと知らされることになるのかもしれなかった。
 名残惜しく思いながらも唇を離して、目の前の熱の上がった滑らかな頬を両手でそっと包む。
「わかってくれた?」
 微かに掠れる声で訊ねると、
「まあね」
 目を伏せてやはり素っ気無く呟いた不二の薄い目蓋に笑いながら口付けた。
「あっちには大人の不二しかいないんだもん、しょーがないっしょ?」
 次々と湧き上がってくる笑みを零しながら告げると、わかってるってば、とまだ赤い顔で睨まれた。