『WISH《前篇》』

    「虹色日和。」P15より


「なあ、こういうの平気?」
 ちらりと香苗が律の方を向いているのを確認してから、三木が少し背を丸めて真の耳元でひそっと訊ねてきた。
「ん? ああ、全然平気です」
「…嘘つくなよおまえ絶対ダメだろ。見るからにダメそうだもん」
「どういう意味ですか」
 不本意な言われ様に唇を尖らして睨んだその時、ふと彼の様子にどことなく違和感を感じてピンときた。やっと反撃のチャンスとばかりに思わず緩んできた頬もそのままに、
「何なら俺につかまっててもいいですよ?」
 わざとらしく余裕ぶった表情で見上げてやってら、三木が一瞬ううと言葉を詰まらせた。当たり、だ。
 数多くの女の子たちの心を蕩かしてきたであろう色男の微かに頬を染めたその顔がひどく子供っぽくて、可愛いらしかった。ますます笑みを深くした真を見て、三木の頬の熱が上がる。
「…あー生意気!」
 こうしてやる、と言いながら伸ばされた指が真の両頬を摘んでぐいぐいと引っ張った。
「イタタタッ!」
「おー。おまえのほっぺた、ぷにぷにだなぁ」
「や、やめれくらはい…!」
 容赦なく引っ張るその手を掴んで必死に抗議するのだが迷惑なことに真の頬の感触がよほど気に入ったようで、感心したように何度も揉んでは離してくれる気配がない。痛みというよりは生理的に滲んできた涙で瞳が僅かに潤むと、漸く手を止めてくれた三木が一瞬惚けたような何とも言い難い顔で真をじっと見つめた。まだ頬に添えられたままの彼の指から淡い体温が伝わってくる。
 何だろう、と不思議に思いながら見返す真の意識を、前方から掛けられた声が鮮やかに弾いた。
「真、」
 聞き慣れているはずのその声にドキリと鼓動が跳ねる。呼び掛けるのとほぼ同時にすっと身を寄せてきた律の手が真の腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。予想していなかったその行動にふいを突かれて少しよろけた真の体が律の胸元にぶつかって止まった。
「な、何?」
 問う声が微かに上擦る。後ろから抱きとめられているような体勢をどうにかしようとしたのだが、腕をしっかりと掴まれたままなので身動いだだけで終わってしまった。
「次、代わってもらえますか?」
 律は真には答えず、三木へ向かってそう訊ねた。