『WISH《後篇》』

    「虹色日和。《後篇》」P7より


 
公園を横切り細い路地を抜けたところで、真はようやく足を止めた。古ぼけた壁に背中を預け、酸素を求めて荒い息を繰り返す。
 どれくらい、走っただろうか。
 息苦しさにそのままずるずるとしゃがみ込み、壁にもたれて目を閉じた。見知らぬ土地を闇雲に駆け抜けて辿り着いたこの路地に人気は無く、自分の呼吸の音だけが湿った空気を震わせている。

「…逃げてきちゃった」
 呟いた声が足元へと落ちた。
 何も考えず、衝動のままに飛び出してきてしまった。今ごろ律は怒っているだろうか。もしかして真のことを探しているかもしれないと思い、すぐにそんなはずはないと自嘲する。もういい加減、呆れられてしまったに違い無い。
 まだ波打つ胸が痛みに疼き、真は立てた膝に額を埋めて唇を噛み締めた。
 ──たかがキスだと思って。
 律の声が耳の奥に甦り、ぎゅっと膝を抱く手に力がこもる。
 そうだ、たかがキスじゃないか。
 心の中で繰り返してみるが、胸にぽっかりとできてしまった空洞が乾いた痛みを響かせただけだった。
「情けないなぁ」
 そんな自分自身にひどくうんざりとして溜息をついたその時、ポツリと肌に冷たい刺激を感じて顔を上げた。気のせいかと疑う間もなく、真の心を映したように薄暗く濁った空から落ちてきた雨粒が頬を打った。