『コンクリートに降る雪の、君の隣で。』

     P17より


「で? 何でこんなとこまで来たんだ?」
 こちらは見ずにフェンスに深くもたれたまま伊角が訊ねた。
 特に返事を期待していないような響きを持ったそれに、心の内を見透かされてしまったような感覚が過る。
 誰よりも知って欲しいのに、知られたくない想い。
 もっとずっと多くのことを望んでいるのに、自分はまだこの位置に執着している。
「…んー…何でかなぁ。何となく」
 失うのが、怖いのだ。
「おまえなぁ」
 彼に倣って空を見上げたまま答えると、笑みを含んだ呆れ声が返ってきた。
 どちらからともなく天を仰いだままクスクスと笑い出す。
 二人の背中で、言えずに呑み込んだ言葉たちを伝えるようにフェンスが軋んだ音を立てた。
「…あのさ、伊角さん」
「ん?」
 ──どう思ってるの?
 そう訊ねようとして開きかけた口を噤む。
 一瞬ギクリとした顔をしたくせに、何でもないようにこちらを見遣る伊角に、ずるい、と思った。
 本当はわかっているくせに。
 以前のようには戻れない二人の位置も。
 和谷の気持ちも。
 全部、わかっているくせに。
「…寒くない?」
 あとどれくらい、こうやって逃げ道を与え続けることができるだろうか。
 小さく息を吸い込んだ胸がズキリと痛みを発した。限界は、きっともうすぐやって来る。
「寒いな。おまえ、手袋は?」
 訊ねながら、やはり彼はあの時と同じように睫毛を微かに震わせた。初めて口付けた、あの夜と同じように。