| 飛行機雲 「…ッ」 左目に鋭い痛みが走り、手で目蓋を押さえた。 「ちょお、待って」 ネットの向こう側でラケットを構えていた柳生を手で制し、俯いたまま急いで瞬きを繰り返す。 睫毛を上下させる度に刺すような痛みが目から頭の奥へと抜けていった。 じわりと涙が滲んできたが、異物感はまだ消えない。 近付いた足音と共に、ぼやけた視界の端に見慣れたテニスシューズが映った。 「どうしました?」 「ゴミが…」 入った、と言い終える前に、ふいに伸ばされた指が仁王の頬を滑った。 「擦ったら駄目ですよ。見せて下さい」 仰向かされて、思わず目を見張る。 痛みにすぐに睫毛を伏せたが、息がかかる距離にあった端正な顔が網膜に焼き付いてじわりと 脳を灼いた。 パッと柳生の手を払って体を離す。 「嘘」 声が微かに震えた。 「何も入っとらん」 言いながら左目を擦ろうとした手を音も無く掴まれ、息を呑む。 「そんな涙目で嘘なわけがないでしょう。ほら、」 するり、と頬を指が伝った。 緩やかな体温が肌の上を滑り、躯内へと染み込んでいく。胸を押し返そうとしていた仁王の手 から力が抜けた。 繊細な指先にそっと目尻を撫でられる。 「貴方は案外嘘が下手ですね」 囁くように落とされた声が耳に滑り込み、肌が粟立つような熱が背筋を這い上がった。 手で頬を包むようにして軽く上向かされたまま、目元の薄い皮膚に滲んでいく彼の体温を意識 から追い払おうとユニフォームの裾を握りしめる。 柳生の指は、長くて綺麗だ。それがペンを握ったり髪を払ったりする様を見るのは嫌いではな い。そのことを彼に伝えていなくて良かったと、仁王はふとそう思った。 涙に滲んだ何度目かの瞬きの後に異物感が消えた気がしたが、柳生の指先はまだ仁王の目元を 静かに撫でている。 「まだ取れん?」 動悸と共に湧き上がってくる何とも言えない気恥ずかしさにそわそわとして視線を逸らしたま ま訊ねると、 「もう取れましたよ。痛くないでしょう?」 あっさりと告げられて耳を疑った。 唖然として目の前の瞳を見つめた仁王が口を開く前に、柳生の唇が動く。 「こんな仁王君は滅多に見れないですから」 レンズの向こうで目を細め、そう言って彼は艶然と微笑んだ。 睫毛を伏せて引こうとした顎を、頬に添えられた手に緩やかに力が込められて阻まれる。 「…この似非紳士」 「何とでも」 チラリと上目遣いに睨むと、薄く微笑んだ彼の後ろの空に白い飛行機雲が見えた。 fin. -------------------------------------------- 8月2日はヤギュニオの日v というわけで初82です。 (20040802) |
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