| プラスチック爆弾 「へえ」 いかにも意外だ、とでもいうような声を上げて、ブン太が仁王の手首を掴んだ。 「…何じゃい」 「おまえでも少しは日に焼けるんだな」 引き寄せた仁王の手首をジロジロと眺めている彼を訝しく思い訊ねると、手首に視線を注いだ ままブン太が応えた。 リストバンドを外したばかりの手首はどことなく無防備な感じがして、そうも熱心に見ていら れるとどうも落ち着かない。 だが引こうとした腕はしっかりと掴まれていて、逆に更にブン太の方へと引き寄せられてしまっ た。 「そりゃこれだけ阿呆みたいに外でテニスしとったら焼けるに決まっとるじゃろ」 「だっておまえ、焼けてもちょっと赤くなるだけですぐに元の色に戻るじゃん」 「まあ焼けにくいのは確かやけど」 手首の内側を指の腹で撫でられ、思わず少しだけ早口になった。 皮膚の柔らかいそこをブン太の指がゆっくりと往復する。 「白いとは思ってたけどホントに白いのな」 「もういいから離しんしゃい」 撫でられる毎に胸の奥がざわざわとして、それを隠したくて仁王はわざと面倒臭そうな声を出 した。 言いながら腕を強く引いてみたが、やはりブン太の手は弛まなかった。 「ブン太」 もう一度促すと、やっと這っていた指の動きが止まる。 だが、ホッとしたのも束の間、 「…ちょっ…!」 ブン太の頭が寄せられたと思った次の瞬間、先程まで撫でられていた皮膚の上に彼の歯が立て られていた。 赤い髪。綺麗な睫毛。そして白い肌に食い込んだ、形の良い前歯。 仁王の目に映ったそれらのものは、少しの痛みと微かに赤味を帯びた歯形を残して去っていっ た。 「おまえ、何し…!」 「俺のせいじゃねぇよ。おまえの手首が悪い」 猛然と抗議しようとした仁王を遮り、ブン太がしれっとした顔で言った。 何と滅茶苦茶な理論なのだろう。 呆然と彼を見つめ返した仁王は、ふと我に返り憤激した。五月蝿く早鐘を打つこの鼓動も悔し ければ、迂闊にも頬に熱を上げてしまったのも悔しかった。 冗談ではない──この程度のことで、動揺させられるなんて。 何とかブン太のことも慌てさせてやろうと奮起した仁王は、素早く立ち上がるとベンチに腰掛 けているブン太の肩を掴んで前へと押し遣り、露になった彼の項に思いきり噛み付いてやった。 「ッ」 痛みを訴える小さな声がブン太の口から上がる。 それに満足して顔を離すと、赤い髪の下に覗いているそこにはくっきりと歯形が残っていた。 思いきりといってもさすがに手加減はしてあるので血は滲んでいない。上出来だ。 俯いたまま項に手を遣っているブン太を見下ろして、仁王はフン、と鼻で笑った。 「そんな可愛いウナジしとるおまえが悪い」 反撃成功とばかりに言い放ってやると、だいぶ気持ちがすっきりとした。黙ったまま顔を上げ ない眼下の赤い頭を見ながら、せいぜい悔しんでくれと心の中で舌を出す。 ブン太のことなど放っておいてさっさと着替えてしまおうとロッカーに向かって足を踏み出し た、その時。 ふいに掴まれた腕にハッとして振り返ると、顔を上げたブン太の唇にゆっくりと不敵な笑みが 浮かぶのが目に映った。 「その挑発、のったぜ?」 え?と問い返す間もなく仁王の視界が反転し、背中に硬い床の感触が広がる。仁王の顔の両側 に手をついて覆い被さったブン太が覗き込むように視線を絡めてきた。 「なあ、おまえほど俺を誘える奴なんていないってわかってんの?」 艶やかな笑みと共にユニフォームの下に忍び込んできた悪戯な手に、意識の奥を弾かれた仁王 が小さく震えた。 fin. ---------------------------------------------- (20040617) |
|||
| >> back |
|||