はい、と差し出された蜜柑とニコニコと笑う仁王の顔を交互に眺めた。
  たった今ブン太から渡してやったばかりのそれを差し出してくる彼の意図がわからず、訝しさ
 に眉を顰める。
 「何?」
 「むいて」
  訊ねるとあっさりと答えが返ってきた。
 「人にむいてもらった方が美味しく感じるけぇ」
  自分で剥く気はさらさらないらしく、さっさと炬燵の中に腕を入れてしまった仁王が首を傾け
 て子供のような笑みを浮かべた。
 「…ったく、しゃーねーな」
  そう呟くと、ブン太は呆れながらも手の中の蜜柑の皮を丁寧に剥き始める。
  珍しくも彼がこんな風に無邪気な笑みを浮かべているのは、よほど上機嫌な証拠だ。
  今日は家族が留守なのでこのままブン太の家に泊まることになっていた。それを喜んでくれて
 いるのだと思うとたまらない愛しさが込み上げてくる。これで実は単に寒がりな彼の為に出して
 やった炬燵がお気に召しただけということだったりしたら、蜜柑の盛られたカゴごと炬燵をひっ
 くり返してしまいそうだったが。
  房に付いている繊維の筋まで取ってやり、一房だけ取って仁王の口元へと運ぶ。
 「ほらよ、」
 「…なん?」
  怪訝そうにそれを見遣った仁王が眉根を寄せて訊ねてきた。無邪気な笑みは消え、戸惑ったよ
 うに瞬きを繰り返す。
 「何って口、開けろよ」
  口元へ蜜柑を一房差し出したまま告げると、仁王の目が僅かに見張られた。
  短い沈黙の後、
 「…自分で食える」
  サッと頬を染めた彼の手が伸びてきて蜜柑を奪おうとした。素早く蜜柑ごと腕を上げて避ける
 と、今度は反対側の手にあった大きい固まりの方へと手が伸ばされた。それも、何とか避ける。
 「おっと。何だよせっかく食わせてやろうとしてんのに」
 「いいから寄越しんしゃい」
  仁王の上気した頬に目を奪われそうになりながらも、体を仰け反らせて追撃の手をかわした。
  何度目かの攻防の後に漸くあきらめたのか、不貞腐れたような顔をしながら仁王は手を引っ込
 めた。
 「自分で食うって言うとろうが」
 「やだね。ほら、あーん」
 「何があーんじゃ。頭おかしいわオマエ」
  喚きながら上目遣いに睨んでくる彼の頬はまだ朱を帯びていて、その子供のような姿に思わず
 口元が綻んだ。
  ひとたび互いを求める行為が始まってしまえばあんなにも艶やかな表情を見せたりするくせに、
 単にこれだけのことがどうにも恥ずかしいらしい。わけわかんねぇ奴、と胸の内で呟きつつも、
 体の奥の方から込み上げてくる温かな想いにブン太の口元は緩んだまま戻らなかった。
 「あ、」
  見蕩れていた隙に、つい意識から外れていた手から蜜柑を奪われる。
  仁王はフン、と鼻を鳴らして一瞬ブン太を見遣った後、すぐに視線を逸らした。頬はまだ、仄
 かに熱を帯びている。
  せっかく奪取に成功したというのに喜ぶどころか仏頂面のまま一房ずつ取っては口へと放り込
 んでいく彼を、ブン太は頬杖をついて眺めた。消しゴムでも食べているような表情で次々と蜜柑
 を口の中へ放っていくその姿に、やはり温かなものがどうしようもなく込み上げてくる。
 「何怒ってんだよ」
  頬杖をついたまま声を投げると、
 「そのニヤけた顔が気にいらん」
  視線を逸らしたまま不機嫌そうに言い捨てられた。
  堪えきれなかった笑い声がブン太の喉を震わす。
 「ニオ」
 「……」
 「なあ、」
 「…何じゃ」
 「俺にも一個くれ」
  漸く仁王がチラリと視線を上げた。
  テーブルに身を乗り出すようにして口を開けてみせると、微かに見張られた仁王の瞳に戸惑い
 の色が浮かんで揺れた。
 「──自分で食べんしゃい」
 「いいから、早く」
  急に弱々しくなった声で告げられた言葉をあっさりと無視し、顎を上げて促す。
 「……」
  誰かに助けを求めるように頼りなく視線を泳がせた仁王の指が、ゆっくりと動いた。白い指先
 が甘酸っぱい果実を一房摘み取る。
  躊躇いを見せながら微かに睫毛を伏せた彼の姿が、とても綺麗だと思った。
  やがておずおずと差し出されたそれを素早く指ごと口に含んでやると、何すんじゃアホ、と仁
 王が熱の上がった声を投げて寄越した。










  fin.





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  (20041024)






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