残り火





  ジジ、という小さな音を立てて紙縒りの先に赤い球が膨らんだ。
  薄闇が淡く色付く。
 「あ、ズリ。何か不二の方が大きくない?」
  屈んでいる不二に身を寄せて手元を覗き込み、菊丸が唇を尖らせた。触れ合った肩の薄い布越
 しに緩やかな体温が滲んでくるのを感じた。
 「はいはいどうせ僕はズルイですよ」
  線香花火から目を離さずに不二が答える。
 「…なんか最近不二、俺をあしらうの手慣れてきたよね…」
 「そう?」
  チラリと視線を上げて、不二がにっこりと微笑んだ。
  やはりズルイ、と思う。少し熱くなった頬が闇と火花に紛れてしまうことを菊丸は祈った。
  並んだ二つの赤い球の奥から、小気味良い音と共に光の細枝が弾け出ては夜の空気に白い残像
 を残していく。ほんの一瞬の、奇蹟のような煌めき。
 「綺麗だね」
 「うん」
  それぞれ手にしていた光の花が咲く二つの熱の塊を、どちらからともなくゆっくりと近付けて
 いく。
  吸い寄せられるように触れ合ったそれは、瞬きをする間に一つに溶け合った。
  僅かに大きくなった光の枝が、パシパシと弾ける。
  胸の隙間を掠めるその音はどこか懐かしく、何故か少しだけ寂しくなった。終焉を告げる、小
 さな合図のように。
  二人の肌を撫でていく緩やかな夜の風にはもう、すでに秋の香りが滲んでいた。
  明日はきっと、今日よりもまたほんの少しだけ空の青が薄くなっているのだろう。
  じわりと胸に広がる静かな痛みを感じながら、淡く温かな光に照らされた不二の横顔を見つめ
 た。
 「ねえ、」
  視線に気づいたのか、不二が手元を見つめたままポツリと呟いた。
 「ん?」
  声を返すと、不二がゆっくりと菊丸へ視線を向ける。
  見つめ返す彼の瞳の中で、また小さく花が弾けた。
 「今、何考えてるの?」
  視線を絡めたまま不二は静かにそう訊ねると、睫毛の先を震わすように瞬きを一つした。瞳に
 映った光の球が揺れて鳶色の中に溶けていく。
  手元で弾ける微かな火花が闇を散らし、不二の薄紅色の唇に淡い影が躍った。
 「キスしたいな、って思ってた」
  呼吸も忘れて彼の瞳を見つめながらそっと告げる。
  火花の弾ける音をかき消すように、鼓動が体の中で木霊していた。
 「…なんだ」
  薄紅色の唇がポツリと言葉を零す。
 「気が合うね」
  囁くような彼の声が夜気を震わせて菊丸の胸に滑り込む。
  優しい沈黙が二人を包み、それから不二は静かに、温度を確かめるように微笑んだ。
  引き寄せられるように頬を寄せ合い、唇を重ねる。
  頬に添えた手と唇から滲んでくる柔らかな熱に捕われながら、花を散らしていた光の玉が地面
 に落ちて消える小さな音を聞いた。
  不二の薄い目蓋を縁取る長い睫毛の先が、瞬くように震える。
  口付けたまま、紙縒りを離した手で不二の手を強く握りしめた。


  微かな火薬の匂いが夜気に溶け、消えた。










  fin.





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   (20041021)



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