17 days
「特別許可してやるから、目一杯ありがたがれ」
あまりにいつも通りな口調で告げられたその言葉が何を意味するのか解読するのに2週間と3
日かかってしまった。
2週間と3日。
おかげで朝から晩まで加賀のことで頭がいっぱいだった。
授業中もひたすら考え続けた結果、もともと停滞していた学力が更に危ういカーブを描き出し
てしまった。
「受験生だっていうのにどうしてくれるんだ…」
ぼやきつつも自然と頬が染まる。
「カンチガイだったらプール行きかな」
一度足を止めて逡巡した後、筒井は思いきったように屋上へと続く階段を昇って行った。
プリントの詰まった箱はさすがに重く、しかも3箱ともなると足どりもややおぼつかないもの
になっていた。
重ねて持った箱に視界を奪われつつ、まだ遠い目的地へ向かってのろのろと歩を進める。
「カメか、おまえは」
ふと頭上から声がかかるのと同時に、腕から重みが消えた。
開けた視界に制服の肩が映る。
「加賀」
岩のように思えていた箱の山を軽々と持つ姿に、ちょっとズルイと思ってしまう。
「また押し付けられたのか? ったく要領の悪いヤツだな」
「…悪かったね」
図星なのが悔しくて声が尖った。
加賀に見抜かれるのなんていつものことだったけれど。
「で、どこだこれ」
「資料室」
遠いな、と軽く舌打ちしつつも歩みを止めない加賀に、筒井は戸惑うように瞬きをした。
ちょっと──嬉しい、かも。
前を歩く加賀から見えないのを幸運に思いながら、微かに熱を帯びた頬を隠すようにうつむく。
「ねえ、加賀。僕も一つ持つよ」
「いらねーよ。効率が落ちる」
すぐさま返ってきた愛想の欠片もない声に、くすぐったいような気分に包まれた。
加賀と一緒にいるといつも自分の気持ちに困惑してしまう。
横暴で強引で言いたい放題な同級生。
でも何となく居心地がいいのは何故なんだろう?
「ぶっ」
持て余している気持ちの意味を考えながら歩いていた筒井は、突如目の前を塞いだ黒い壁に思
いきり顔から突っ込んでしまった。
ズレた眼鏡を直しながら顔を上げ、その正体が加賀の背中であることに気がつく。
「どうしたの加賀?」
突然立ち止まった加賀を不審に思い声をかけると、加賀はゆっくりと振り返った。
やっぱりやめた、と箱を返されるのだろうかと思いながら、加賀が口を開くのを少し見上げる
ようにして待つ。
「……」
珍しく躊躇している様子の加賀を不思議な気分で見つめた。
ああ、やっぱり加賀って整った顔してるよなーと関係ないことを考えながらぼんやり眺めてい
ると、やけに真面目くさった顔をした加賀が眉間に皺をよせた。
「おい、筒井。正直に答えろよ」
「え?」
「おまえ、俺にホレてるだろ?」
一瞬頭の中が白くなった。
呆然と加賀を見る。
そして次の瞬間、火がついたように熱が顔に集まるのを感じた。
突然の爆弾に思考回路が停止してしまい口をパクパクさせている筒井が返事をするのよりも早
く、加賀が続ける。
「よかったな」
「…え?」
「普通だったらそんな野郎が5m以内に近づきやがったら殴ってやるところなんだが…」
片手で箱を支えた加賀のもう一方の手が伸びてきて筒井の額を小突いた。
「特別許可してやるから、目一杯ありがたがれ」
そのままくるりと背を向けてさっさと歩き出した加賀の背を呆然と見つめる。
「な…ちょ、…加賀!」
立ち尽くしていた筒井は遠ざかって行く加賀を慌てて追いかけた。
走ると混乱し続けている頭が余計にくらくらした。
加賀の言葉を頭の中で繰り返して意味を考えてみるが、答えが出てこない。
ただ、最初の質問の答えだけは考えずとも出てきてしまっていた。
本当は尋ねられた瞬間にわかってしまったのだ。
「…なんだ僕……加賀のこと好きだったんだ…」
火照りの退かない頬がますます熱を帯びていく。
まさかこんな形でわかるなんて。
「加賀のヤツ、僕より僕のことわかってるんじゃないか」
先程加賀が触れた額に手をあてると、へんなの、とぽつりとつぶやいた。
屋上に続く重い扉を押し開けると、流れ込んできた風が髪を揺らした。
抜けるような青空が目に沁みる。
外に出た筒井は迷わず左の方へ歩を進めた。
そこに予想通りの姿を見つけ、わかっていたにもかかわらず少しだけ胸がドキドキした。
「よう、珍しいな。おまえもサボリか?」
フェンスにもたれて座る加賀が軽く手を上げる。
「次の授業が自習になったの。加賀じゃないんだから」
目の前に立った筒井は、その手から煙草を取り上げて側の空き缶の中へと揉み消した。
「あ、何しやがるんだ、ボケ」
そう言いながらもたいして気にとめていない様子で加賀は空き缶を足の先で突いた。
そのまま空き缶から視線を上げようとしない加賀に、筒井はどう話を切り出したらよいのか戸
惑っていた。
やはり加賀もあの日のことを忘れてはいない。
いつもと微妙に異なる反応にそれが表れていた。
あの、2週間と3日前の加賀の言葉。
結局意味を尋ねることもできずに今日まで至っていた。
尋ねなかったのは、自分で考えなければいけないと感じたからだ。
そして考えに考えた末に出した答え。
「ねえ、加賀」
加賀はゆっくりと顔を上げると、目の前に立っている筒井を見上げた。
心臓が高鳴る。
頬が熱を帯びていくのを感じた筒井は、両手をぎゅっと握りしめた。
乾きを感じる口をゆっくりと開き、掠れそうになる声を押し出す。
「加賀って──僕のこと好きなの?」
「……」
表情一つ変えずに見つめられ、筒井は逸らしそうになる視線を何とか持ちこたえた。
「……2週間と3日」
「え?」
やっと告げられた言葉を思わず聞き返す。
「っとに鈍臭ぇヤツだな」
あきれたように髪をかきあげた加賀がついたため息に、はっと我にかえる。
「な…、あんな回りくどい言い方する加賀が悪いんだろ!」
「自分のアホさをヒトのせいにするんじゃねーよ。普通3分だろ。長くて3分」
「そんなすぐにわかるわけないじゃないかっ」
言い返しながらもどうしようもなく火照ってしまう頬と早鐘を打つ心臓に目眩がしそうだった。
やっと明かされた答え。
またもや直接言葉にしてはもらえなかったけど、たぶん正解。
でも。
「だいたいな、加賀のせいでエライ迷惑を被ったんだからな!」
フェンスにもたれたまま普段と変わらない表情で見上げてくる加賀が無性に腹立たしく思えた。
何でもいいから文句を言ってやらないと気が済まない。
自分だけこんなにも──こんなにも喜んでいるなんて、やっぱりちょっと悔しい。
加賀の眉が少し上がった。
「俺が何だって?」
「だから、加賀が回りくどい言い方なんてするから──毎日毎日頭の中、加賀のことばっかりだっ
たんだからな!」
「……」
「おかげで授業もろくに頭に入らなくてますますわからなくなっちゃったじゃないか! このま
まじゃ加賀と同じ高校行けないだろ! どうしてくれるんだ! 責任取ってくれ!」
一気に捲し立てて酸欠になり、肩で息をする。
荒い息を整えながら加賀を見ると、加賀は奇妙な顔をしていた。
驚いたような、少し困ったような──
──あれ?
「…何だよ、おまえ…俺と同じ高校受けんの?」
「……」
「…おい? 筒井?」
「……加賀」
「あ?」
「…かわいい」
「………ああ!?」
「何か今、ちょっとカワイイ顔してたよ。あ、もしかして照れてたの? え、でも何に?」
「…っ…」
「あ、赤くなった」
「赤くなんかなってねーよっっ!! だいたいヒトの質問、無視すんな、コラァ!!」
加賀の剣幕に押されて半歩後ろへ下がる。
「質問?」
「…同じ高校受けんのかってきいてんだろーが!」
「ああ高校? 受けるよ。だっていくら家が近いって云っても学校違ったらそんなに会えな…あ」
今度は筒井が赤くなる番だった。
「…加賀の志望校、僕にはレベル高すぎるからがんばらないと受かりそうもないけど…」
気恥ずかしさに筒井が足下へと視線を落とすと、加賀も目を逸らして意味もなく空き缶を足先
で突いた。
「…おまえ、中途半端にアホだからな」
「あ、なんかムカ。…とにかく、この2週間と3日分の責任取ってくれよな」
頬を染めたまま筒井が睨むと、ふいに加賀の手が伸びてきて筒井の腕を掴んだ。
「うわっ」
そのまま強く引っぱられ、座っている加賀の上に倒れこみそうになる。
慌てて空いている方の手を床に着いたが勢い余って前のめりになったところを加賀が抱き込む
ようにして支えた。
「仕方ねーから教えてやるよ、勉強くらい」
頬を埋めた加賀の胸から直接響いてくる声に、鼓動が一気に加速する。
「う、うん。よろしく」
「もちろんスパルタだからな」
「え」
抱き込まれていた躯が離されたと思った瞬間、加賀の長い指が顎にかかるのを感じた。
「受かんなかったらただじゃおかねーぞ」
加賀の顔がすっと近づいた。
「…!」
唇に押し当てられた柔らかな感触と、微かに広がる煙草の味。
近づいてきたときと同じ唐突さで加賀の顔が離れていった後も、筒井は身動き一つできなかっ
た。
瞬きすることすら忘れてしまっている筒井の額を加賀の指がパチンと弾く。
「イタッ」
「いつまでアホみたいな顔してんだ」
「……っ…だって、加賀がこ、こんな…」
「ほら、チャイム鳴ったぜ? 次も自習なのか?」
「え」
はっとして慌てて立ち上がる筒井に、加賀がひらひらと手を振る。
「ほらほら急げよ」
「ちょ、…後でね、加賀!」
バタバタと駆けて行く筒井の背が視界から消えると、加賀は後ろのフェンスに深くもたれかか
り空を仰いだ。
片手で顔を覆うようにしてつぶやく。
「あー…何ガラにもなく赤くなんかなってんだ…」
筒井の前では何とか保っていた平静顔がすっかりどこかへ行ってしまっていた。
手の平に自分の頬の熱さが伝わってくる。
「加賀!」
突如かかった呼び声に、ぎょっとした加賀は床にずれ落ちそうになった。
元の顔に戻そうと懸命になりながら視線を走らせると、立ち去ったはずの筒井が大急ぎで駆け
戻ってくるところだった。
「な、どうした?」
「どうしたじゃないよ! 何が急げよ、だよっ。加賀だって授業だろっ!」
有無も言わさぬ勢いで加賀の腕を掴んだ筒井はひきずるようにしながら出入り口へと向かう。
「離せよ、俺はいーんだよ!」
「いいわけないだろ!」
「わかったから、引っぱんなって!」
筒井が急かすと加賀はしぶしぶながらついてきた。
小走りで加賀の前を行く筒井が振り返らずに言った。
「ねえ、加賀」
「あ?」
「いつから教えてくれるの? 勉強」
「……」
「加賀、聞いてる?」
「…あさっての日曜。おまえんちでいいな?」
「うん」
筒井の弾んだ声が廊下に響いた。
どうか振り向かないでくれと加賀が祈っていたことを、筒井はもちろん知らない。
fin.
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