恋とウーロン茶  #2





 「ちょっと遅くねぇ?」
  奥の座席の空いたままの席を目線で示しながら尋ねると、冴木も少し眉をひそめた。
 「んー、そうだな、ちょっと遅いな…具合悪くなったとか?」
 「俺、見てくる」
  冴木の言葉にガタリと席を立つ。
  つまらない嫉妬なんてしてる場合ではない。
  和谷は急いで狭い通路をすり抜けて行った。
  ──あれ、そういやアイツもまだ帰ってきてないんじゃないか…?
  心配で速さを増していた鼓動が、更に跳ね上がった。
  ほとんど走るようにしてトイレへ駆け込み、中に誰もいないのを見た和谷の心臓が大きく音を
 たてた。
  トイレから飛び出し、通りかかった店員の腕を掴む。
 「あの、ちょっと前にブルーのチェックのシャツ着た男の人、トイレに来ませんでしたか!?」
  和谷の勢いに驚いたように半歩後ずさった店員が、おずおずと店の出口を指差した。
 「あ、あのたぶんその方なら、さっきお連れの方と外へ出ていかれましたけど…」
 「連れ!?」
 「は、はい、その、背の高い黒い服の…」
  最後まで聞かぬうちに和谷は店を飛び出していた。
  イヤな胸騒ぎに頭の中がガンガンと痛む。
  走り出た道路に目当ての姿はなかった。
  確かまだ荷物は店に置いてあったから帰ってはいないはずだ。
  一瞬迷った後、和谷は人気の無い路地裏に入っていった。
 「伊角さんっ!!」
  焦りでカラカラに乾いた咽をふりしぼる。
  予想以上に薄暗い通りが不安を煽った。
 「…!?」
  3回目の呼び掛けの後、微かに伊角の声が聞こえたような気がして和谷は立ち止まった。
  数メートル先の建物と建物の間の狭い空き地が目に入り、急いで駆け出す。
 「!?」
  建物の角を曲がり飛び込んできた光景に、和谷は全身の血が一気に逆流するのを感じた。
 「テメェ、この…!!」
  壁に押さえ付けた伊角の首筋に顔を埋めていた男が振り返るのとほぼ同時に、和谷の拳がその
 顔を殴りとばしていた。
  グラリとよろけて反対側の壁にぶつかって止まったところを今度は鳩尾に一発。男は呻き声を
 上げて地面に倒れこんだ。
  はだけられたシャツもそのままに呆然と壁にもたれている伊角の元に駆け寄る。
 「伊角さんっ!!」
 「……」
  まだ呆然としている伊角の腕を掴み、軽く揺さぶる。
 「大丈夫!? 怪我は!?」
 「…あ…大丈夫。何ともない」
  ざっと全身に視線を走らせ無事を確認した和谷は、大きく安堵のため息をついた。脱力しそう
 なほどホッとして、涙まで出てきそうになる。
 「とにかくこっちへ」
  倒れている男をちらりと見遣ると、伊角の手を引いて足早に歩き出した。
  しばらく進んで足を止め、はだけたままだった伊角のシャツを直した。
 「…何であんなとこに二人でいるんだよ!?」
  ようやく落ち着くと、今度は沸々と怒りが込み上げてきた。
  ──気をつけろって言ったじゃんか、伊角さん!
  やっぱり全然わかっちゃいないのだ。このヒトは。
  少し青ざめた顔をした伊角が未だにぼんやりとしたまま答える。
 「え、と…トイレから出てきたら彼が待ってて、それで…友達が酔っぱらって外で寝ちゃってる
 から手をかしてくれって…」
 「…それでこんなとこまで?」
 「え…ああ。うん」
 「……」
  和谷は盛大にため息をつくと、
 「伊角さん」
  伊角の躯に手を回して抱き寄せた。そのまま肩口へ額を押し付ける。
  掠れそうな声でポツリとつぶやいた。
 「…心臓、止まるかと思った」
 「……ごめん、和谷」
  伊角の手がそっと和谷の頭を撫でる。
 「ごめん。心配かけたな」
 「…俺の方こそ怒鳴ったりしてごめん。怒ったわけじゃ…いや、怒ったんだけど」
  ゆっくりと躯を離し上目遣いに見上げると、伊角はちょっと慌てたように瞬きをした。
 「ご、ごめんって。まさかこんなことになるなんて思ってなくて…」
 「あたり前だろ。わかっててついてったっていうんだったらマジで怒るぜ、俺」
 「和谷」
 「とりあえず今日は…」
  和谷の手が伊角の手をしっかりと握った。
 「このままウチへ強制連行」
 「え?」
  伊角の手を引いてずんずんと歩き出す。
 「でもまだ飲み会…」
 「……怒るぜ?」
  う、と伊角がつまった。
 「荷物もあるし一応挨拶くらいしていくからいいだろ」
  そう言うと和谷は手を繋いだまま店の中に入っていった。
  真直ぐに九星会のグループのテーブルに向かう。
 「和谷、手!」
  後ろで小声でわめいている伊角のことはもちろん無視する。
 「すみません、伊角さん、具合悪いらしいんで俺が送っていきます」
  和谷の声を聞いた者達が一斉に伊角を見た。
  赤い顔をしてオロオロとしている伊角を見て、怪訝そうな表情を浮かべつつ「ああ、わかった」
 と頷く。どう見ても具合が悪いようには見えなかったが、和谷の気迫におされたようだった。
  伊角の荷物を取り、こちらが口を開く前に和谷のバッグを投げてよこした冴木に軽く手で挨拶
 をするとそのまま店を出た。
  道路に出たところで、伊角が手を引く。
 「和谷、」
 「離さないよ」
  和谷は繋いだ手をぎゅっと握り直した。
 「どうせ酔っぱらいだと思うだろ」
  振り返らずに言うと、あきらめたのか伊角の手から力が抜けた。
  駅に向かって賑わう街を進む。
 「なぁ、伊角さん。もしかして今までもこういうアブナイ目にあったりしてない?」
  少し歩調を緩めて伊角と並んだ。
 「いや、ないよ。ホントびっくりしたんだ……殴って逃げればよかったんだけど、何故か力が入
 らなくて……そんなに飲んだわけでもないんだけど」
  和谷の足が止まった。
  路地裏で見つけたときの、伊角の青ざめた顔が浮かぶ。瞬きを忘れた瞳と、掴んだ腕の、微か
 な震え。握った手の、冷えきった指先。
  ──無事でよかった…。
  心の底からそう思う。大事な大事な、愛しいヒト。
  ふいに伊角のふて腐れた声が投げられた。
 「男のくせに情けないなーとか思ってるんだろ」
  え、と我にかえった和谷が顔を上げると、伊角の頬が染まっていた。
  和谷が黙り込んだのを誤解したようだった。
 「どうせ、殴るどころか簡単に押さえ付けられちゃったよ」
 「違うって伊角さん。誰だって怖いと力はいんねーじゃん」
 「……別に怖くなんかなかったよ。酔いが回ってただけだ」
  拗ねたようにそっぽを向く伊角に、思わず吹き出した。
  似合わない強がりが、胸の奥を温める。
 「ククッ、可愛いなぁ、伊角さん」
 「可愛いって言うなッ」
  頬を真っ赤に染めてムキになってる姿が愛しくて、往来だというのに和谷は伊角を抱き寄せた。
 「ちょ、和谷ッ!!」
 「あ〜何か俺、酔ったみたい」
  押し戻そうとする動きを封じるように、ぎゅっと抱きしめる。
  熱い頬に手を添えて、柔らかい唇を自分のそれで塞いだ。
 「 …!」
  しばらくその感触を楽しんだ後、名残惜しげにゆっくりと離れる。
 「…和谷ッッ! ここ道路ッ!!」
 「だから俺、酔ってるんだって」
 「何飲んだんだよ!?」
 「ウーロン茶」
 「……ウーロン茶で酔うかッ!!」
  くすくすと笑いながら、和谷は伊角の瞳を覗き込むようにして囁いた。
 「伊角さんだよ」
 「は?」
 「だから、伊角さんに酔ってんの、俺」
 「……」
 「……」
 「……」
 「…あのさ伊角さん。そんな可愛い顔されるとヤバイんだけど? 俺の理性が…イテッ」
  和谷が叩かれた頭を押さえる。
  一人でスタスタと歩き出した伊角をあわてて追いかけた。
  追いかけながら、頬が緩むのを止められなかった。
  前を行く伊角は耳まで赤く染めている。
  後ろからさっと手を握ると、予想に反して抵抗されなかった。
  へへ、と笑ってそのまま繋いで歩く。
 「伊角さんはさぁ、酔っぱらったりしないの?」
 「…そんなに飲まないから」
  わざと外した応えまでもが愛しくて。
  はぐらかされてあげるのも悪くない。
  絡ませた指先から溶けていきそうだった。
 「ふ〜ん、でもこの前、高校ン時の友達と飲んだって日の帰りずいぶん遅かったじゃん。結構飲
 んだんでしょ?」
 「ああ、あの時はちょっとね。酔いさましてたから遅くなった」
 「どこで?」
 「駅前の広場のベンチで」
 「……アブナイ目になんて遭わなかっただろうな?」
 「無い無い。親切なオジさんがタクシーで送ってあげるってしきりに誘ってくれたくらいであと
 はひとりでぼーっと座ってただけだよ」
 「…遭ってんじゃねーかッ!!」
  びっくりした、急に大声出すなよ、と目をパチパチさせている伊角に指を突き付ける。
 「そういうのは『親切なオジさん』とは言わねーんだよ!」
 「和谷ー、そんなに人の好意を疑ったら駄目だぞー」
 「だから違うんだって!」
 「まあ、どっちにしろその時、車なんて乗ったら吐きそうだったんで必死に断ったんだけどさ」
 「……どこかゆっくり休めるところに連れて行ってあげる、とか言われなかった?」
 「お、和谷、冴えてるじゃん」
 「冴えてるじゃねーだろッ!!」
  和谷は思いきり頭を抱え込みたくなった。
  ──どうしてこう、碁以外のことはチンプンカンプンなんだこのヒトは!?
 「よし、決めた」
 「?」
  急に声の低くなった和谷を、伊角が不思議そうに見つめる。
 「今日は伊角さんに一般常識ってヤツをたたきこんでやるからな」
 「えー、何だよそれ。俺、大人だぜ?」
  眉根を寄せて抗議する伊角をあっさりと無視して、和谷は大またで歩いて行く。
  繋いだままの手を引き寄せると伊角が少しよろけた。
  その耳元へ顔を寄せる。
 「一般ジョーシキ、『身をもって』おぼえてもらうからな」
 「な、なんだよ、それ」
  顔を離すと、和谷はニヤリと笑った。
 「そういうわけで……今夜は眠らせないぜ、伊角さん」
 「…和谷ッ」



  乾いた夜風が頬に心地よかった。
  ホントに酔ったのかも、とネオンで霞む月を見上げて微笑む。
  指先から、手のひらから、静かに流れ込む「祈り」にも近い想い。
  きっと彼も今、同じ温度を感じている。



  同じ酔いに、目を閉じる。






  fin.



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2000hitを踏んで下さったらいむ様から可愛さ故に…と言うよりも、自分の可愛さに気付いていないが為に結構アブナイ目に遭っている伊角さん』という素敵なリクエストをいただきました〜vv

……すみません、伊角さんをアホにしすぎました(臨終)。意味もなく冴木が出てくるのは単なる趣味です(笑)。カップリングは何でもとのことでしたが結局和谷に。ちょっと攻め度アップ(笑)。それにしてもなんて無駄に長いんだ…

らいむ様、ありがとうございましたvv
ハゲしく駄文ですがよろしければ捧げさせて下さいませ〜

(2002.06.01)
そしてそして!なんとVarious fever の日下ヒバナ様がイメージ絵を描いて下さいました(≧∇≦)vvこの冴木似の学生のカッコよさ…!!vvヤバイです。自分で勝手に創ったキャラだというのにうっかり惚れる!(笑)。しかもまたこの無防備な伊角さんの可愛いさといったらもう……!!!vvv 和谷の代わりに叫びそうです私。ヒバナさん、ありがとうございましたvvv
(2003.03.20)