marble game
「だからごめんって」
両手を合わせてちょっと上目遣いでこっちを見てくる。
焦っているような、困っているような。
いつも思うんだけどこの顔は反則だ。絶対。
「別にいいって。送別会じゃ仕方ないじゃん」
本当はとっくに怒ってなんかいなかったけど、もうちょっとだけそんな顔を見ていたくてわざ
とふて腐れた視線を送る。
案の定、伊角さんは眉尻を下げて訴えるように瞬きをした。
ああ、もう、だからそれ反則だって。
こんなことでいつまでもむくれて見せるのも子供みたいだ、と思うけど。
どうせ伊角さんだって俺が本気で怒ってないことなんか知ってる。
どうせ結局最後には許しちゃうことだって知ってる。
最初っから知ってるんだ。
ああ、くそ。
さっきジュースと一緒にコンビニで買ったマーブルチョコレートを手の平にザラザラと出して
口の中に放りこむ。
甘い。
脳まで溶かすような甘さはチョコレートのせい?
それとも。
「今度うめあわせするからさ。機嫌直してくれよ」
こういう顔、他の奴にも見せたりしちゃうんだよなぁ、この人。
思わず溜息を漏らしたら、勘違いした目の前の顔がますます可愛くなった。
そんなに必死にならなくたって。
でも、まあそれが嬉しいんだけど。
ごめんね。
「…今度じゃなくて今うめあわせしてよ。ゲームしよ」
「ゲーム?」
「そ。はい、これ」
マーブルチョコレートの筒を差し出すと、おずおずと細い指が筒に絡む。
きょとんと見つめてくる瞳が。
ああムカツク。
このままこの部屋に閉じ込めてしまおうか。
誰にも見せたくない。
他の誰も映してほしくない。
──重症だよな。
「これが何だよ?」
「それ振って。出てきたチョコの色で伊角さんから俺にしてもらうこと決めんの」
「……俺から? 何させる気だよ?」
うわ、すっげぇ嫌そう。
「んーそうだな……黄色だったら手料理。ピンクだったらキス。赤だったら──誘って?」
「……」
「その他の色だったら無しでいいや。はい、振って」
「……は!?」
あ、やっと意味がわかったわけね。
そんなに頭に血を昇らせたら病気になっちゃうよ伊角さん。
「ちょ、ちょっと待てって。何だよそれ!」
「いいじゃんたまには伊角さんからそういうことしてくれたってさ。いっつも俺からばっかりな
んだから」
「……」
「うめあわせしてくれるって言ったじゃん。第一そんなに嫌なわけ?」
何だか俺ばっかり愛しちゃってるみたいじゃん。
真っ赤に染まった顔を恨めしそうに見つめてやったらどうやら言いたい事は伝わったみたい。
「べ、別に嫌なんて言ってないだろ。……ただあらたまってそんなことするのなんて、その……
ちょっと何ていうか…」
逸らされた視線が畳の上に落ちる。
色づいた頬に睫毛の影が映った。
勘弁してくれよ。
どうしてこんなにも可愛いんだ、この人。
「……わかったよ。やるよ」
黙ってるのを怒ってると思ったんだな。
見蕩れてただけなんだけど。
まあ、そのあたりが伊角さんらしい。
折角の勘違いを無駄にしないように慌てて頷いた。
「一粒だけだからな?」
頬を染めたまま口尖らせたりなんかしないでよ。
色々大変なんだから、こっちは。
「伊角さん、別にわざわざ正座しなくたっていいんだけど?」
「うるさい」
くすくすと笑い出したら睨まれた。
「…いくぞ」
そのひどく真剣な顔を笑いを噛み殺しながら見守る。
その他の色の方が数が多いのだから期待なんてしない。
でもやっぱりちょっとドキドキしたりして。
傾けたマーブルチョコレートの筒が軽く振られた。
「あ」
「あ」
声が重なる。
呆然とした伊角さんがあまりにおかしくて、ついにゲラゲラと笑い出してしまった。
「馬鹿だなー、伊角さん」
「ちょっと力加減を間違っただけだろ…!」
手の平にできた色鮮やかな粒の小山。
黄色、白、茶色、黄緑、水色、ピンク──赤。
「それじゃ、フルコースでお願いします」
「和谷ッ!!」
満面の笑顔でそう言ったら、湯気が出そうになった伊角さんの手からこぼれたマーブルチョコ
レートがパラパラと畳の上に軽い音をたてた。
「しかも赤二個だからよろしくね」
伊角さんの手の上に残っていた赤い粒を摘まみ上げ、口に放る。
溶け出したチョコレートはさっきよりも甘く感じた。
いくら文句を並べてみたって結局は真面目な伊角さんはちゃんと約束を守ってしまうことを、
俺は知っている。
そして途中で我慢しきれなくなって結局は俺からその腕を引き寄せてしまうことも、知ってる。
fin.
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