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月溶け前
置いていかれた気になるのはなぜだろう。
あの頃だって今だって年の差なんてちっとも変わってなんかいないのに。
笑顔も声も体温も何ひとつ変わっていないように見えるのに、着実に大人に近づいていく姿が
まぶしいような、くすぐったいような…
──そして少し切ないのはなぜだろう?
もうオリバーはホグワーツにいない。
ただそれだけのことなのに。
フレッドは膝の上に開いていた本を閉じると、ソファから降りた。
ロンとチェスをしているジョージに声をかける。
「ジョージ、先に寝るぜ」
「ああ。おやすみ、フレッド」
真剣な顔でチェス盤を睨んでいるロンの頭を軽くかき回した後、フレッドは居間を後にした。
休暇中で久々に人口密度の高い家の中は、夜だというのに賑やかな空気に満ちていた。
奥の部屋からはジニーとモリーの笑い声が漏れきこえている。
本を抱えたフレッドは軋む階段を昇りながらそっとため息をついた。
誰が悪いわけではない。
自室のベッドに横になったまま、フレッドは沈みこんでいきそうになる気持ちをもてあまして
いた。
明日はジョージとリーと3人でダイアゴン横丁で買物をする予定になっていた。そのことが決
まった昨夜からジョージの鼻歌が増えた。本人は気付いていないようだったが。
ペネロピーとデートをするらしいパーシーなど、平静を装っているつもりのようだがそわそわ
しているのがまるわかりだった。
「…オリバー、どうしてるかな」
もう何日会っていないのだろう。
1、2、3…と数えだして途中でやめた。
フレッドの休暇中もずっと仕事で会えないという手紙をもらっていた。
ひどく残念がっている様子が滲み出ているその手紙を見てしまったら何も言えなかった。
『仕事じゃ仕様が無い。気にするなよオリバー』
その返答に決して嘘はなかった。
初めて大きな仕事をまかされることになって、寝る暇もないほど忙しいのは知っていた。
そしてもしもフレッドが「どうしても会いたい」と頼んだらどんな無理をしてでも会いにきて
くれるということも。
だからこそ言えなかった。
距離が開いてしまう気がして怖いのだ。少しずつ大人びていくオリバーと、まだ子供のままの
自分との。
忙しい中でも毎日欠かさず手紙をくれる。
それだけでも満足しなければならないのだ。
早く大人にならなくては。──ずっと隣に並んでいられるように。
大人になるということは乾いたざわつきを抱くようなものなのだろうか、とフレッドはぼんや
りと思った。
窓から柔らかな月明かりが差し込んでいる。
ベッドから身を起こしたフレッドは窓に歩み寄った。
そっと押し開けると冷気をはらんだ澄んだ空気が流れ込んできた。
身を乗り出すようにして空を眺める。
深い色の空に、無数の瞬き。
すべての音を吸い込んでしまいそうな、静かな、静かな冷ややかな月。
「キレイだな…」
つぶやきが漏れる。
オリバーも見ているのだろうか?
胸の奥がぎゅっと痛んだ。
瞳を閉じると目蓋の裏側で星が踊った。
微かなため息が闇にこぼれる。
窓から離れたフレッドは机から羽根ペンと羊皮紙を取りだした。
『オリバー、元気か? 今度はいつ会える?』
そこまで書いて手をとめる。
「……」
ぐしゃぐしゃと丸めると、新しい羊皮紙を出した。
しばらく思い悩んだ後、ゆっくりと羽根ペンをすべらせた。
『オリバー、今夜は月がキレイだぜ!』
隣で見ることはできないけれど。
せめて同じ光を。
フレッドはたった一行だけの手紙を持って遠ざかっていくフクロウの姿を、窓枠にもたれて見
送った。
隣のベッドからはジョージの規則正しい寝息がきこえてくる。
寝つけなくて何度目かの寝返りをうったフレッドは、ふと窓に何かの影が映った気がして起き
上がった。
影の正体が目に入り、あわてて音をたてないように気をつけながら窓を開く。
パタパタと夜気を捲き散らしながらフクロウが入ってきてフレッドの手元へ手紙を落とした。
急いで紐を解く。
『フレッドへ』
見慣れたヘタくそな字。
「…?」
手紙にはそれしか書かれていない。
裏がえしてみてもやはりそれ以上何もない。
魔法がかけられている様子もなかった。
「…書き忘れたんじゃないだろうな」
アホオリバー、とつぶやきふと窓から庭を見下ろしたフレッドは、あやうく声を上げそうにな
って慌てて手で口をふさいだ。
ジョージを起こさないようそっと部屋を出て階段を降りる。
外に出ると全速力で庭へ回った。
ホウキを片手に立っている男が歯を見せて笑った。
「会いたかったぜ、フレッド!」
肩で息をしているフレッドの身体を、その力強い腕が包み込んだ。
「ちょっ、苦しい、このバカ力!」
「悪い悪い。フレッドの顔見たらつい」
「…何でこんなところにいるんだよオリバー」
オリバーはフレッドの右手に握りしめられている手紙を指し示した。
「手紙の返事だよ」
「何も書いてなかったぜ」
「そう。だから俺が本文だ」
ニッとオリバーが笑う。
「ちょうど家に帰ってきたときこれが届いたんだ。月を見ながら返事を書こうと思ったんだが…
気付いたらホウキの上ってわけだ」
言葉より行動の方が得意だ、とオリバーがガハハと笑った。
「…仕事は大丈夫なのか? 明日もだろ?」
「んー、実は明日始発の列車に乗らなくちゃならないんだ。だからもうそろそろ帰らないと」
フレッドの顔が微かに曇る。
オリバーの大きな手が緋色の髪を撫でた。
「ホントはこのまま押し倒して朝まで一緒に眠りたいんだけどな」
「バカ」
目元をほんのり赤らめて睨むフレッドを、オリバーが嬉しそうに見つめた。
「…ごめんな、フレッド。せっかく休暇中だっていうのにこれだけしか会えなくて」
「仕事じゃ仕方がないって言っただろ。それにこうして会いに来てくれたじゃないか」
「フレッド」
オリバーの手がフレッドの頬をそっと撫でた。
「フレッド。上手く言えないんだが…俺はいつも…おもしろいものを見つけたときはおまえにお
しえてやりたいと思うし、ウマイものを食べてるときはおまえと一緒に食べたいと思うし、キレ
イなものを見てるときはおまえの隣で見たいと思うんだ」
「……」
「それはどこにいても変わらない。イギリスにいてもインドにいてもアフリカにいても…南極に
いても、だ。それだけが言いたくて…これが今日の手紙の返事だよ」
上手く言えないんだけどな、と繰り返してオリバーは照れくさそうに笑った。
「……」
「…フレッド?」
うつむいたまま黙っているフレッドをウッドが心配そうに覗き込む。
フレッドが顔を上げた。
月を映した瞳が潤んでいた。
オリバーを軽く睨む。
「…何だよ…ちょっとはマシなこと言えるようになったじゃないか」
怒っているかのようなその口調に、思わずオリバーの口元が綻んだ。
ニッと悪戯っぽく微笑む。
「一応、もう社会人だからな」
「イチオウな」
「ホレ直したか? フレッド」
「言ってろよ」
アハハ、と笑うと、オリバーの腕が再びフレッドの身体を包んだ。
「好きだぜ、フレッド」
オリバーの瞳が真直ぐにフレッドを見つめていた。
フレッドがぽつりとつぶやく。
「…悔しいけど俺もだ」
降りて来たキスに、フレッドはそっと瞳を閉じた。
「大丈夫か? 帰ってももうほとんど寝る時間ないんじゃないか?」
「列車で寝るから大丈夫だ。それにそんなヤワな鍛え方はしてないぜ!」
そう言って笑ったオリバーがまるでクィディッチのキャプテンだったときのオリバーのようで、
フレッドは何だかくすぐったかった。
「あんまり飛ばすなよ。マグルに見つからないようにな」
「おう、まかせとけ」
オリバーの腕がフレッドを引き寄せる。
「…じゃあな、フレッド」
「ああ。…オリバー」
「ん?」
「──社会人のオリバーも悪くないぜ」
一瞬目を丸くした後、オリバーは破顔した。
「フレッドはいつでも最高だ」
「…このままでも?」
「もちろん。この先変わっても変わらなくてもフレッドがフレッドである限り、いつでも最高だ
よ」
フレッドの胸の奥で何かがすっと溶けた。
微かな切なさはまだ残っていたけれど。
「おやすみ、フレッド」
「おやすみ、オリバー」
オリバーの唇が、フレッドのそれから名残惜しそうに離れていった。
見慣れた逞しい背中が闇に消えていくのを見届けたフレッドは、夜露に濡れた草の中を家へと
引き返していった。
頭上では月が静かに光を放っている。
同じ光に包まれながらホウキを駆けるオリバーの姿が胸に浮かぶ。
明日は早く起きて手紙を送ろう。
「…たまには言ってやろうかな」
好きだぜ、オリバー。
フレッドは月を仰ぎ見た。
こぼれた微笑みが夜の闇に優しく溶けて消えた。
fin.
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