| 逡巡回廊フォルティッシモ 土埃を含んだ乾いた空気に乗って運ばれてくる朗らかな笑い声が、胸の内側を引っ掻いてはざ らついた熱を残して消えていく。 グラウンドの端で何やら楽しそうに話し込んでいる準太と河合の姿を眺めながら無意識に目を 眇めていることに気がつき、島崎は細く息を吐きながら乱暴に前髪を掻きあげた。 投手にとっての捕手というものがどんな存在であるかなどわかっているつもりだったし、彼等 の間にあるものを、捕手という立場を、別段羨ましいとは思わなかった。それは準太と出会った 頃からいわゆるそういう仲になった今でも、ずっと同じだ。 だがこうして常日頃からうんざりするほど見せられている排他的ともいえる濃厚な空気に苛立 ちを覚えるくらい仕方のないことではないだろうか、と思う。ましてや河合に向けられている準 太の信頼は傾倒とも呼べるものであり、こうして今もまた島崎の視線になど気づくことなく無防 備な笑みを惜しみなく振りまいているのだから。 自分が手に入れたのは投手としての彼ではなくもっと別の部分であるのだと自身に言い聞かせ てみてもやはり、面白くないという気持ちに変わりはなかった。 「準太」 大股で歩み寄り、声をかける。 会話を止めて振り返った二人の内、河合の方にだけ視線を向けた。 「ちょっと、いいか?」 「ああ」 声にも表情にも苛立ちを乗せるなどといった失態は当然するはずもなく、ごく自然な動作で親 指で隣の準太を指しながら訊ねた島崎に河合はあっさりと頷いた。 親友のその屈託のない表情にチクリと罪悪感が胸を刺したが、それを上回る荒い感情の波には 抗えずにいつも通りの笑みを浮かべてみせた。 「悪いな。監督来る前には返すから」 告げるなり背を向けて歩き出すと、促す前に自ら追ってきた足音がすぐ後ろに続く。 「慎吾さん? 何ですか?」 振り返ることなく足早に歩を進める島崎の背中に不思議そうに問われたが、無視を決め込んで 黙々とグラウンドの外へと向かった。相変わらず何もわかっていない様子の準太に、身勝手な想 いだとわかりつつも深い苛立ちが湧き上がり土を踏むスパイクに力がこもる。 こんなところだけ妙に鈍い準太も準太だと思ったが、何よりたかだか会話を交わしていただけ だというのにこんなにも余裕を失っている自分自身に腹が立って仕方がなかった。 部活が始まる前の長閑な喧騒が耳に遠く響く。 準太はもうそれ以上何も言わなかった。 ひと気の無い水飲み場のところまでやって来て漸く足を止め、振り返るのと同時に準太の腕を 掴んで引き寄せた。 「…っ」 驚きに目を見張ったその顔に、先程まで河合に向けられていた花が綻ぶような笑みがふいに重 なる。 頭を過ったその像は島崎の神経を容赦なくざらりと撫で上げ、胸を灼く感情にまかせてそのま ま強引に唇を塞いだ。 一瞬ビクリと硬直した準太の躰が咄嗟に逃げようとするのを、回した腕で阻んでしっかりと腰 を抱き込む。 「…んん…」 歯列を割って無理に捩じ込んだ舌で逃げようとしていた舌を絡め取り、強く吸い上げると準太 が鼻にかかった声を漏らした。 甘い疼きと、凶暴な衝動がじわりと躰内に滲む。 胸を灼いていた暗い熱とそれらが混じり合い、頭の芯が痺れたようにグラグラと揺れる。 呼吸を奪うように口腔を貪る島崎の脳裏に、伏せた睫毛の先を震わせる目の前の顔と先程の無 防備な笑みとが再び重なって消えていった。 熱く疼く感情の隙間を縫うように走った想いに、島崎はふいに準太の躰を突き放すように解放 した。 「──戻れよ」 濡れた唇を拭うことも忘れて茫然と立ち尽くす準太から視線を逸らすと、低くそう言い捨てる。 胸の内側ではまだ荒々しい感情の波がどろどろと渦巻いているのに、なぜか頭の中だけは冷や やかに静まっているのを感じていた。 「な…どう…」 「和己、待ってんだろ。早く戻れよ」 動揺を隠せずに頼りなく揺れる声で呟く準太に温度の無い声で告げ、視線は合わせないまま彼 の横を通り抜ける。 「慎吾さん」 背中に投げられた呼び掛けをやはり無視して、島崎は振り返ることなくグラウンドへと戻って 行った。 >> next ----------------------------------------------- (20050602) |
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