躊躇うようなノックの音に嫌な予感を覚えながら返事をすると、案の定、ゆっくりと開かれた
 ドアの隙間から顔を出したのは今一番会いたくない相手だった。
  凶暴な衝動にまかせた酷く強引な口付けの感触も茫然と見張られた準太の瞳も、つい今しがた
 の事のように鮮明に記憶に残されている。
  自分の中にこんなにも制御できない感情があるなんて思ってもみなかった。
  抑えることも無かったことにするのも別の何かにすり替えてしまうことも、全て得意だと思っ
 ていたのに。
  初めて味わう感覚だった。
  練習に集中することで何とか意識から追い出していたその胸を灼く激しい感情の渦は漸く表面
 を繕える程度には静まってはいたが、それもみな元凶であるこの下級生から物理的に遠ざかるこ
 とで得られていたものにすぎなくて。
 「入っていいですか?」
 「…ああ」
  室内に誰もいないのを確かめてホッとした顔をした準太に、冗談じゃないと心の内で毒づく。
  こんな狭い部屋で二人きりだなんて、本当に冗談じゃないのだ。今は。
  みっともない嫉妬心を悟られてしまうことも堪え難かったが、それ以上に制御力の低下してい
 る今の島崎からしてみたら無防備に近付かれたりなどされては迷惑なことこの上ないのだった。
  少しでも気が弛んだらすぐにでも目の前の細い躰を組み敷いてしまいそうで、頭にこもってい
 る熱を逃そうと島崎は準太に気づかれないよう細く息を吐き出した。
 「──慎吾さん、何か怒ってます?」
  こちらの気も知らずに近付いてきた準太がベッドの端に腰を下ろした。スプリングの軋む音が
 やけに大きく耳に響く。
  ベッド上に座って壁にもたれている島崎からぎりぎり、手の届く距離だった。これもまた何も
 考えずにやっているのだろうと思うと、今すぐ腕を掴んで引き寄せてその認識の甘さをたっぷり
 と思い知らせてやりたいところだったが。
  まさか練習試合とはいえ明日に試合を控える身で島崎が手を出せないのを踏まえた上での行動
 なのだろうかとちらりと思ったが、そんな気の回る相手だったらこんなにも苦労などしていない。
 むしろ騙し合いなら島崎の得意分野だ。
  そうでないからこんなにもいらぬ努力をしているのだと諦めに近い思いで島崎は自分を見つめ
 る準太へと視線を向けた。
 「何が?」
  彼の問いが何を指しているのか当然わかってはいたが、苛々として意地悪く訊き返す。
 「だって部活の時、あんな、急に…」
  わけのわからない態度を取られて茫然としたものの、激しい口付けの記憶もまた彼の意識に絡
 みついて残ってしまっているのだろう。視線を逸らして怒ったような口調で答えながらも微かに
 頬を染めた準太に、本当にもう勘弁してくれと額を押さえたくなった。
 「あーあれな。別に深い意味なんてないって。怒ってなんかねぇよ」
  一刻も早くこの部屋から追い出すしかないと決意し、尖りそうになる声をなんとか無理に穏や
 かなものに変えて言ってやったというのに、
 「嘘」
  綺麗な顔をした目の前の年下の恋人は、可愛いげのカケラもない口調で低く低くそう言い捨て
 た。
 「…和己に何か言われたのか?」
  訊きながら口にしたその名前にチクリと胸が痛み、我ながら子供じみているともう何度目かわ
 からない自己嫌悪の念に気分が悪くなる。最悪だ。
 「え? 和さん? いや、和さんは別に何も」
  きょとんと瞬きを繰り返されてしまいその息苦しさはますます深まった。
 「あ、でも利央が…」
 「利央が?」
 「いや、何でもないです」
  黙って目線で促すと、観念したのかしぶしぶといった様子で準太が唇を開いた。
 「あの後グラウンドに戻ったら利央が俺のこと見てその…顔が赤いって…」
  どうしてくれるんだと言わんばかりの顔で睨んできたその頬がまた微かに赤く染まる。
  こっちこそどうしてくれるんだと言ってやりたくて口を開きかけて止め、利央にもそんな顔を
 見せたのかと言いかけてまた口を噤んだ。
  自分はいつからこんなにも余裕のない男になってしまったのだろうか。全部単なる嫉妬だよ大
 人げなくて悪かったなと腹立ち紛れにいっそのことぶちまけてしまおうかとも思ったがさすがに
 なけなしの理性がそれを止めた。
  本当に、最悪だ。










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全寮制で一人部屋設定です。
  (20050609)