「…何ですか、その無表情」 こちらの心の内の葛藤など露知らぬ様子の準太に眉根を寄せて不満気たっぷりにそう告げられ、 島崎は心の底から自分の顔の表情筋に感謝した。利央のように感情が全て顔面に吐露されてでも いたら今すぐ舌を噛んで死んでやりたいところだ。 「別に。何おまえ、そんなにあのキスじゃ不満だったわけ? もっとしてやろうか?」 早く体勢を立て直さなければと意識を総動員して何とか薄笑いを唇に浮かべてみせると、 「っ…そんなこと言ってんじゃなくてっ! 俺は、慎吾さんが何を怒ってんのかって…!」 上手く引っ掛ってくれた準太がサッと頬を赤く染めて声を荒げた。 だが、このまま頭に血を上らせてその隙に話題をすり替えさっさと追い出してしまおうとほく そ笑んだのも束の間、興奮した準太が事もあろうに島崎の方へとにじり寄ってきて。 「はぐらかさないで下さいよ! 俺だって怒ってるんですからねっ」 ぐいと顔を近付けられて、本気で目眩がした。 「──ああもう、わかったよ。本当のこと言うからそう興奮すんなって」 自分でも声がひどく平坦になっているのを感じた。 悪あがきだと思いつつもさりげなく壁伝いに肩をずらして少しでも遠ざかろうと努めてみる。 そろそろこの目の前の綺麗な顔をした凶悪なお姫様をどうにかしないと、いい加減、限界とい うものだった。本当のことを言ってしまうのが一番良いのだろうとわかってはいたが、それでも まだやはり子供じみた嫉妬を知られたくないと思ってしまうあたり、この自尊心も相当タチが悪 い。 試合。 明日は試合で、こいつはウチの大事なエース様だ。 胸の内で呪文のように繰り返しながら、もう一度笑みを作った島崎は理性を掻き集めた手で準 太の頬をそっと撫でた。 「ちょっとバッティングの調子が悪くてイラついててさ。単なる八つ当たり。悪かったな」 「──それならいいですけど」 全然よくねぇよおまえもう俺以外の奴に笑いかけたりすんなという言葉は、もちろん呑み込ん で。 「そういうことだから、もう気にすんなって。本当に悪かった。ほら、もう部屋に帰れ。な?」 ようやく納得してくれたらしい様子にホッと胸を撫で下ろしながら、出来うる限りの甘い声を 出す。一刻も早くこの部屋から出て行って欲しいだなんて、いつもとは全く逆の願いを胸の内で 必死に繰り返している自分をこの時ばかりは嘲笑う余裕すら無かった。 「……」 しばらくじっと島崎を見つめていた準太が、ゆっくりと躰を起こす。 遠ざかる気配に心の中で安堵のため息をもらした島崎は、ふいに右腕に温かな重みを感じて息 を呑んだ。 「…何?」 遠ざかるどころか島崎の隣にぴたりとくっついて座り直してしまった準太に、恐る恐る掠れた 声で問いかける。 返事は、ない。 島崎の右半身にくっつけられた彼の躰から体温がじわりと染み込んできて、さすがの島崎の脳 もその目まぐるしい働きを停止してそのまま凍り付いた。 「まだ、何か用でもあんの?」 からからに乾いた喉の奥から無理矢理声を引っぱり出して訊ねながら、そろりと隣へと視線を 向けた。 怒っているような、不貞腐れているような。 島崎の方を見ることなく眉根を寄せて俯いていた準太が、唇を尖らせて何事かをボソリと呟い た。 「え? 何だって?」 反射的に訊き返すと、顔を上げた準太がキッと島崎を睨んだ。 「だからっ、用がなかったら、側にいたいと思ったら駄目なわけ!?」 「……」 不意打ちだった。 耳まで赤く染めながら怒鳴った準太を、茫然と見つめ返す。 「…何だよ、俺ばっかかよ」 フイとそっぽを向いて拗ねたように呟いた準太の熱の上がった頬に、島崎の息が一瞬止まった。 呟かれた言葉が耳から躰内へと滑り込み、胸の奥の深いところにコトリと落ちた。 頭で考えるよりも先に動いた手が、準太の腕を掴んで引き寄せる。 もう明日の試合で後ろに飛んだ球なんか全部捕ってやるしこの際キャッチャーゴロだって俺が 捕ってやるから勘弁してくれ頼むみんな、と誰へともなく一心に謝りつつ、島崎は腕の中の躰を 抱きしめて噛み付くように口付けた。 fin. ---------------------------------------------- (20050616) |
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