| summertime lovers 開け放たれた窓から湿った土の匂いが運ばれてくる。 つい先刻まで硝子を震わせていた激しい雷雨が嘘のように、抜けるような青空の下で庭先の濃 い緑に浮かぶ水滴がキラキラと熱い光を反射させていた。 じっとりと纏わりつくような湿気を含んだ生温い風が入り込んでは、四人の頬を涼めることな く重たい層となって床へと沈んでいく。密集している濡れた葉の奥から流れてくる苦悶の声のよ うな蝉の鳴き声が、湿気と絡み合いながら部屋の中を満たしていた。 「あーもう! ウルセーんだよ蝉ー!」 「仕方ないだろ、夏なんだから」 キッチンのテーブルにだらしなく上体を投げ出していたブン太が顔を上げて喚くと、隣の居間 で本に視線を落としたまま不二が小さく笑った。あまりの暑さにほとんど行き倒れのような他の 三人に対し、彼だけが一人ゆったりとソファに座って黙々と本を読んでいる。 ブン太と菊丸がいるキッチンと不二と仁王がいる居間とは一続きになっているのでどちらの部 屋も室温はさほど変わらないはずだったが、不二を見ていると居間の方がずっと涼しいように思 えてくる。 「だって余計に暑くなんだもんよーこの鳴き声聞くと」 「取って食うなよ、ブン太ー」 不二の向かい側のソファーでやはり気怠そうに体を横たえている仁王が間延びした声を投げた。 食うかよ、とブン太が唇を尖らせる。 やはり不二が特殊なのだろう。読みかけの雑誌を腹の上に置いて片側の手足をだらりとソファ の外に投げ出している仁王の姿からして居間が涼しいなどとは到底思えない。 「丸井の番だよ」 「おー」 ブン太と菊丸の間には対戦中のオセロ盤が置かれていたが、暑さで弛みきった思考回路を抱え た二人にはもうすでに勝敗はどうでもいいものになっていた。元より単なる暇つぶしにすぎない。 電気が使えない今、思った以上にやることが見つからなくてクローゼットの奥から引っぱり出し てきた物だった。 猛暑が続く中でもとびきり暑いこんな日に限って、何も停電なんてしてくれなくてもいいのに。 どうやら復旧作業は遅れているらしく、思わず首を竦めるような音の落雷と共に止まってしまっ たクーラーのありがたさを嫌というほど味わいながら、四人はこうしてだらだらと午後の時間を 過ごしていた。 幸いまだ日は高く、部屋の中は明るい。 クーラーはもちろん扇風機すら動かない今、それだけがまだ救いだと言えた。それを素直に喜 ぶには少し、いやかなり室温が高すぎはしたが。 「菊丸、ちょっと庭に行って散らしてこいよ」 テーブルに投げ出した腕に頬を乗せたまま、ブン太が惰性のように黒い面のオセロを置いた。 相手の白駒をひっくり返すことすら面倒くさくて指が動かない。 「一匹につき千円で手をうつぜ?」 椅子に膝を立てて足を乗せ、だらりと背もたれに寄り掛かっている菊丸が抑揚の無い声を押し 出した。 「元気じゃなー菊丸。俺だったら金積まれたって動きとうないわ」 仁王の呟きに笑った不二を、菊丸が訝しそうに見遣る。 「元気なわけないじゃん。…てか、なんで不二だけそんな涼しそうなわけ? そっちそんなに涼 しいの?」 言いながらのろのろと立ち上がった菊丸が居間へと向かった。 纏わり付く熱気も湿気もキッチンとほぼ変わらず、むしろ蝉の声がより濃厚だ。 「涼しいわけないだろ。暑いからこうして気を紛らわせてるんじゃないか」 「…俺、不二わかんにゃい」 ソファのところまで辿り着いた菊丸は、不二が読んでいる本の中身を後ろから覗き込んで深い 溜息を漏らした。元気な時でも読んだら頭が痛くなりそうな、小難しい本だ。 「ねえ不二ぃー暑いよー死んじゃうよー」 本から顔を上げない彼の後ろから首に腕を回して抱きつく。 「暑いよ英二」 こうして触れてみると涼し気な顔をしている不二の項にも薄らと汗が滲んでいて、それがひど く艶かしく感じた。 暑さからくるものとは異なる熱が体の奥で灯る。 「いいじゃんどっちにしろ暑いんだからさー」 ぎゅっと腕の中の体を抱きしめながら、菊丸は淡いシャンプーの香りの残る不二の髪に頬を擦 り寄せた。 サラサラとした感触が心地良い。 ちらりと向かいのソファを見遣ると、仁王は気怠そうに手足を投げ出したまま目を閉じていた。 たぶん、寝てはいない。キッチンの方は見なかったが、おそらくブン太もオセロ盤あたりを眺め ているに違いなかった。 彼等は菊丸たちのことになどもうすでに慣れっこであったし、見ない振りも得意だ。 もちろんそれは、お互い様というものだったが。 「暑いってば。離してよ」 「ちぇー」 本を置いた不二の手に腕をやんわりと解かれ、仕方なく離れる。 ふう、と息をついた不二の頬が微かに上気していたが、暑さのせいかそれとも別の何かなのか はわからなかった。 「もう、英二のせいで余計に暑くなっただろ。あそこにある輪ゴム取ってきてよ」 後ろ髪を束ねて持ち上げ、不二が露になった首筋を手で扇ぐ。その白い項に、また少し菊丸の 鼓動が速くなった。 「輪ゴムなんて何すんの?」 「暑いから髪、結ぼうと思って」 早く気づけばよかった、とまだほんのり赤い頬で不二が呟く。そんな不二を見下ろしながら、 さっきまで涼しそうな顔をしてたくせにと思ったが、その言葉は心の中に留めておいた。 「輪ゴムなんかで結んだら取るとき痛いぜよ」 目を閉じたまま仁王がゆったりと間延びした声を投げて寄越した。やはり、眠っていない。 「でも僕、結ぶもの持ってないし」 「なら俺の何か貸したるよ」 髪を掻き上げながらもそもそと起き上がった仁王を、不二が慌てて手で制した。 「いいよいいよ。ほんと輪ゴムで大丈夫。ありがとう仁王」 じっとしていてもこうなのに、階段を上って二階まで取りにいくのは結構骨だ。まして二階は ここより風通しが悪いので更に蒸し暑い。そもそもその為に皆で一階に集まっているのだった。 「ええって。携帯取ってくるついでらからひにへんでええよ」 伸びをしながら欠伸混じりにそう告げて、仁王がソファを離れる。彼は無造作に頭の後ろを掻 きながらキッチンの方を向いてほんの少しだけ足を止めると、またすぐに廊下へと向かった。菊 丸と不二の位置からは、仁王もブン太もどんな表情を浮かべたのか見えなかった。 「おい菊丸ー。お前の番だってば」 思い出したように、ブン太の気怠い声が投げて寄越された。 -------------------------------------------- (20040909) |
|||||
| next >> |
|||||
| back << |
|||||