summertime lovers *2





 「ほい」
  コトリと置かれた箱を見て、不二が目を丸くした。
 「すごいね」
  一本だけ取ってきたものとばかり思っていたのだが、予想に反して仁王は髪留めの類を仕舞っ
 てある箱ごと持って降りてきていた。
  色とりどりの形も様々な髪ゴムが溢れるその箱は、まるで子供の宝石箱だ。
 「どれでもええよ。好きなの選びんしゃい。そのままやるけぇ」
  遠慮がちに覗きこんでいる不二の方へと箱を押し遣ってから、仁王が手に握っていた携帯を興
 味無さそうにソファの隅へと放り投げる。わざわざ取ってきたはずのそれには明らかに用が無い
 様子で、そんな彼を遠目に見ていた菊丸がこいつ絶対女の子にモテるな、と密かに独りごちた。
 「本当にどれでもいいの?」
 「おー。気に入ってるのは別にしてあるし、気にせんと好きなの取って」
  その言葉を聞いてやっと安心できた不二が、湧いてきた好奇心に押されてソファの前のローテ
 ーブルに箱の中身をパラパラと出した。色鮮やかに広がったそれらは、単なるカラーゴムからマ
 スコットの付いたものまで様々だ。パンダやチューリップ、リボンにうさぎ等とプラスチックで
 できた形も大きさも雑多なモチーフが顔をのぞかせている。
 「ずいぶん可愛いのいっぱい持ってるね。これ全部キミが買ったの?」
 「まさか。女子が勝手に色々くれよるんよ」
  ほとんど全部貰い物、と続ける仁王の声を聞きながら不二がちらりとキッチンの方へ視線を巡
 らせる。案の定、ブン太の眉間に深い皺が寄せられるのが見えた。
 「…いいの?」
  声を落として訊ねると、仁王がきょとんとした顔で不二を見る。
 「何が?」
 「丸井」
  ゆっくりと一度瞬きをした後に、ああ、と理解を示す声を上げて仁王もキッチンの方へ視線を
 向けた。すぐに視線を戻し、可笑しそうに目を細めて唇の端を少し上げる。
 「ええのええの。あいつだっていつも女子から菓子とかもらっとるんよ」
  ソファの上から拾い上げた雑誌を再び置いて、仁王も不二と一緒になって髪ゴムの山を漁り始
 めた。
 「これなんか不二に似合いそうやのう。あ、こっちも可愛かよ?」
  あれこれと摘まみ上げては不二に見せる彼は、心なしか上機嫌だ。
 「そうじゃ、俺が結わいたるよ。ちょお待っといて」
  いいことを思い付いたとばかりにパタパタと洗面所へと駆けて行く仁王からはすっかり気怠げ
 な様子が消えていて、不二は彼の背中を見送りながらクスクスと笑った。
  待っている間に目の前の小さな山に指を伸ばす。
  いかにも女の子がくれたというような物が多く、男としてこれを身に付けるのはどうなのだろ
 うと思うものも結構あったが仁王だったら案外どんな物でも大丈夫なような気もした。
 「ねえ、これ丸井にどう? ぴったりじゃない?」
  苺のショートケーキのモチーフが付いたピンクのゴムを掲げてみせると、
 「おまえの俺に対する見解は大いに間違っている」
  ブン太の憮然とした声と共に菊丸の軽やかな笑い声がこちらへと流れてきた。
 「間違っとらんよ。食いすぎじゃ。ちいっとは糖分減らしんしゃい」
  いつの間にか戻ってきていた仁王がキッチンの方を見ずに笑みを含んだ声を投げる。
  ウッセー、と悪態をつくブン太の眉間には再び皺が現れたが、その瞳には緩やかな甘さが滲ん
 でいた。
  菊丸へと視線を向けると彼も同じ感想を抱いたようで、ブン太にはわからないように唇の端を
 上げて不二へ片目を瞑ってみせる。蒸し暑さを少しだけ、忘れた。
 「俺こういうの得意なんよ」
  相変わらず機嫌の良さそうな仁王が洗面所から取ってきたブラシを手に持って、空いているも
 う一方の手でソファの自分の座っている隣を叩いた。そこに座れということなのだろう。
  菊丸も相当だが仁王もまたひどく気まぐれな性分で、怠惰な猫のような状態の時は指一本動か
 すのも面倒くさがるくせにこういう時はやけに乗り気だ。彼に限っては少々よからぬことを企ん
 でいる時に多く見受けられる現象ではあったが。
  今の彼は純粋に好奇心に動かされているようで、不二としても特に異存はないので大人しく促
 されるままに示された場所に腰を下ろした。無邪気な子供のように瞳を輝かせている仁王が何だ
 か微笑ましくて、不二にもすっかり楽しい気分がうつって自然と笑みが溢れた。彼の上機嫌さが
 単にいつもの気まぐれなのかそれともブン太の眉間の皺に起因するものなのかは、不二にはわか
 らない。
 「どれにするか決まった?」
 「うーん、迷うんだよね…」
 「そっちのリンゴのがいい。赤いの」
 「何で英二が決めるのさ」
  割って入ってきた声に不二が呆れたようにキッチンの方を見遣ると、菊丸がだらりと椅子にも
 たれたまま、ニシシと笑った。
 「いいじゃん。仁王、それにして」
 「ん。結わき方はどうする? リクエストは?」
 「だからどうして英二に聞くのさ」
  不二ではなく菊丸の方へ訊ねる仁王を睨む。
 「はい、不二後ろ向いて」
  それには答えず意味あり気に笑んだ仁王が不二の肩を掴んで体の向きを変えさせた。
 「こう、きゅっとしてかわいーやつね!」
 「ずいぶん大雑把なリクエストじゃのう」
  やはり不二を無視して勝手にやり取りする二人に文句の声が上がるかと思ったが、不二は黙っ
 て唇を尖らせただけだった。
  ゆっくりと丁寧にブラシが不二の髪を梳いていく。
 「不二の髪、柔らかくてサラサラ」
 「そう?」
 「うーんおかしいのぅ。俺らみんな同じシャンプー使っとるのに」
  髪を掬ってはあれこれと結わき方を試している仁王の指がくすぐったくて、不二が笑いながら
 肩を竦めた。
 「だってほら、キミたち全員、髪を酷使しすぎだから」
 「はいその通りです」
  わざと真面目くさった声で応えた後、仁王も小さく笑った。不二の髪を一房手に取り、陽に透
 かすようにして眺める。
 「不二の髪は色も綺麗じゃ。ええ色」
 「フフ、ありがと。仁王の髪って本当は真っ黒?」
 「それは言えんのう」
  クスクスと笑い合いながら、不二は睫毛を伏せてすっかり仁王に任せる姿勢に入っていた。暑
 さを感じさせない白い頬に、長い睫毛が淡い影を落としている。
  ふと向けられている視線に気づいた仁王が、ゴムの山からいくつか拾い上げてキッチンの方へ
 と放った。大きめのモチーフの付いたそれらは重さに助けられて上手い具合にテーブルまで飛び、
 おっと、と体を起こした菊丸が器用にキャッチした。
 「ぼうっと見とらんでその暑苦しい赤毛もどうにかしんしゃい」
  悪戯っぽく唇の端を上げてそう告げると、仁王はすぐに不二の髪へと視線を戻して作業を再開
 した。菊丸とブン太が互いにぽかんとした顔を見合わせる。
 「……だってさ、丸井」
 「はあ? おまえのことだろーがよ」
 「いや丸井のことだって」
 「ぜってーおまえだって」
 「二人ともだよ」
  ピシャリと不二に言い捨てられて、赤毛の二人が押し黙る。仁王の押し殺したような笑い声が
 キッチンまで届いた。









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  (20040912)

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