summertime lovers *3





 「菊丸おまえさ、すげーテキトーでいいやとか思ってんだろ」
  はい完成、とブン太の髪を結び終えた菊丸を目を眇めて見遣ると、彼の視線が明らかに宙を泳
 いだ。
 「何言ってんの人聞き悪いなー」
 「ブラシも使ってねーじゃん。分け目っつー言葉知ってるか? つーかこの結び方はどうよ?」
  不満気に低い声を押し出すブン太の肩口からは、二つに別けて結ばれた後ろ髪がちょこんと姿
 をのぞかせている。
 「力作だよ力作。ちょっと驚きの可愛さだぜ? 丸井」
 「不二じゃねーんだから可愛くなんかなくていいっつーの。ほらそっち向けよ。おまえの番」
  覚悟しろ、と呟いてブン太は指先に引っ掛けた髪ゴムをくるくると回した。
 「ほいほーい」
  のそりと気怠げに体を反転させた菊丸の向こうで、仁王が不二の髪を丁寧に梳いている姿が見
 えた。不二の耳元で話しているせいで仁王が何と言っているのかはよく聞こえないが、二人のク
 スクスと笑い合う声がここまで届いてくる。何となくくすぐったいような気分になっていると、
 「なあなあ、あいつらマジで可愛くね?」
  肩越しにちらりとこちらを振り返って菊丸がこそっと囁いた。
  ちょうど思っていたことを言い当てられて一瞬言葉に詰まると、菊丸はリビングの方へ視線を
 戻してうっとりと、いい光景だにゃー、と呟いた。



  不二の襟足の髪を掬いながら仁王がううん、と唸った。
 「不二ってキスしたくなるようなうなじしとるなー」
 「してもいいよ?」
 「うーん揺れるのぅ。でも赤毛の猫に引っ掻かれそうじゃから我慢しとくわ」
 「それは残念」
  俯いて睫毛を伏せたまま不二がクスクスと笑う。小さく笑みを絡ませながら、後ろ髪を上げる
 には少し短すぎると判断した仁王は項の上にそれを戻した。
 「やっぱり普通なんが一番可愛い気ぃする」
  手であれこれと結わき方を試していた仁王が漸く意を固め、サイドの髪をブラシで掬い取り、
 束ねた。
  菊丸のリクエストに従い、赤いリンゴが揺れるゴムをちょこんとそこに結び付ける。
  巣に置かれた鳥の卵のように、薄茶色の髪に丸いリンゴが柔らかく乗せられた。
 「ほい完成。こっち向いてみんしゃい」
  ポン、と肩を優しく叩いて促すと、不二が上体を捻って振り返った。ほんの少し照れくさそう
 に上目遣いに訊ねる。
 「どう?」
 「おー。ほんと男にしておくにはもったいないのぅ、不二」
 「…それって褒めてるの?」
  不二は眉を寄せて唇を尖らせたがそれでも気に入ったようで、体を前に戻して電源の切れてい
 るテレビに映した姿を嬉しそうに眺めた。
 「ありがとう」
  気に入ったのは髪型のせいなのか、それとも誰かが選んだそのリンゴのせいなのか。
  ブラウン管を覗きこみながら白い指先で壊れ物を扱うように髪に乗ったリンゴをそっと撫でる
 彼の姿に、仁王は微笑ましさを誘われて小さく喉の奥で笑った。
 「じゃあ今度は仁王の番ね」
  さっさと片付けに入ろうとしていたのを不二が察知し、それを止めるべく声をかける。
 「俺はええよ。これで」
 「ダメ。僕だってやりたいもん」
  するりと身を翻して逃げようとした仁王のシャツの裾を不二の手が素早く掴んだ。困ったよう
 に見返してきた彼に、ニコリと微笑む。
 「はい、座って座って」
  ゆったりと促すと、少しの間の後にやれやれと諦めの溜息を漏らして仁王の体がソファーに戻っ
 た。
  不二に背を向けて座り直した彼の細く長い指が、束ねてあった後ろ髪のゴムを解く。
  ファサ、と軽い音を立てて銀色の髪が襟元に広がった。
  それを眺めながら口元に手をあて、ううん、と今度は不二が低く唸る。
 「いつも思うんだけどさ、キミってほんと色っぽいよね」
 「それは告白とみなしますがよろしいでしょうか?」
 「ふふ、どうぞ?」
  思わず噴き出した不二が、肩を震わしながらブラシで髪を梳いていく。酷使しているせいで多
 少パサついてはいたが、それでも十分滑らかな髪だった。
 「どういう風にしようかな…あ、そうだ。丸井にリクエスト…」
 「ストップ」
  キッチンの方へ声を掛けようとして腰を浮かせかけた不二の服を仁王が掴んで引き戻す。
  焦ったように止めに入った彼の意図がわからず目線で訊ねると、
 「あいつには聞かんでええの」
  小声で口早に返されて思わずパチパチと瞬きをしてしまった。
 「何で?」
 「何でも」
  素っ気無く答えて仁王が視線を逸らす。よく見ると、俯いた彼の頬が微かに染まっていた。
  込み上げてきた笑みを何とか噛み殺しながら、不二は「うん、わかったよ」と優しく頷く。
 「不二の好きなようにしてええから」
 「オーケー。じゃあやっぱりアップがいいかな。仁王も項、すごく綺麗だからさ」
 「可愛い顔して案外タラシよのぅ、不二。うっかり口説かれそうじゃ」
 「あはは! それも褒め言葉?」
 「もちろん」
  何でもなかったようにわざと軽口をたたく仁王に、不二は気づかれないようもう一度そっと
 笑った。










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  (20041010)

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