オマケ。
ハンバーガー片手にひどく上機嫌な和谷が、テーブルに身を乗り出した。
「なあなあ、伊角さん。やっぱ携帯あると便利だろ?」
「まあね」
手合いが早く終わった和谷が伊角の携帯に電話したところ、彼もちょうど所用を済ませたとこ
ろだった。
そこでこうして予定外のデートをしているというわけである。
最初は必要無いと言っていた伊角も、持ってみればそれなりに使っているようで贈り主として
は嬉しい限りだった。
「これで夜中でも伊角さんの声が聞けるようになったしさー。えへへ」
「いいから喋るか食うかどっちかにしろよ」
そう言ってストローを銜えた伊角の頬が赤らんでいるのを見て、和谷の表情はますます崩れた。
夜中にひとりきりの部屋からかける電話を思い出す。
電話特有の、遠くから聞こえてくるような少しくぐもった声が耳にくすぐったかった。
大好きな人の、大好きな声でささやかれる「おやすみ」は、蕩けそうに甘くて、少しだけ切な
い。
聞けば余計に会いたくなるのはわかっているのに、それでもかけてしまう。
募る愛しさと、胸を満たす幸福感。
和谷は目の前でジュースを飲んでいる伊角をちらりと見ると、それを感じているのが自分だけ
ではないことを祈った。
「もう操作憶えた?」
「うん、基本的なのはだいたい」
「着メロは?」
「面倒臭いから和谷以外のはみんな同じ曲にしちゃったけど、ちゃんとダウンロードして登録し
たよ」
和谷は満足げに微笑むと、残りのハンバーガーを口に放り込んだ。
何件かは着信者別に着メロを設定できる機種のため、自分のは他の人とは違う曲にしてくれと
散々念を押しておいたのだ。
こんな些細な事でも、やはり特別扱いしてもらいたかった。
ディスプレイを見るまでもなくすぐに自分だとわかってもらえるのは、やはりちょっと嬉しい。
──で、何の曲にしたんだろう?
沸々と興味が湧いてくる。
──もちろんラブソングだよな?
ふと思いついた和谷は、訊こうとして開きかけていた口を閉じるとテーブルの下で自分の携帯
を取り出した。
メモリの一番最初、伊角の番号を押す。
──さて、と。どんな曲かなー?
わくわくしながら流れてくるメロディを待った。
「……?」
和谷がパチパチと瞬きを繰り返す。
──ん? あれ?
どこからともなく聞こえてくる、これは…
メエェ〜、メエェ〜、メエェェ…
「……………」
「あれ? 和谷、携帯押した? かかってるよ」
伊角がガサゴソとバッグを開けているのを和谷は無言で見つめた。
トレイを手に通りかかったお姉さんが笑いを噛み殺していた。
鳴り響く「鳴き声」がふたりを包む。
「ほら、いつまで遊んでるんだよ和谷。切れって」
「……伊角さん、これ、何?」
「ヤギ」
──いや、そうじゃなくって…。
「笑えるだろ?」
──笑うとこなのか…!?
「メロディだけじゃなくって色んな鳴き声とか音とかあるのな。知らなかったよ。けっこうリア
ルだよなー。…どうした? 変な顔して」
どうしたもこうしたも…。
──…じゃあ何か? 俺の夜毎の愛の囁きは全部この「メェ〜」の直後だったってわけ!? そ
ういや伊角さん、いつも出る時の声、笑ってるもんな。「メェ〜」「寝る前に声が聞きたくなっ
て…」「メェ〜」「好きだよ、伊角さん」「メェ〜」……
ちょっと待ってくれ…それって…それって…
俺、アホみたいじゃねぇ…?
「……他の人のはどんなの?」
「ミスチル」
──逆だろ!?
和谷の胸の中では「俺たち…恋人同士だよな?」という問いかけがぐるぐる回っていた。
「色々迷ったけど結局コレにしたんだ。カワイイだろ?」
目が虚ろになっている和谷に気づくことなく伊角が嬉しそうに言った。
少し下を向いて照れ笑いを浮かべながら、上目遣い気味の視線を投げてくる。
薄紅色に染まった頬があどけない子供のようだった。
──……か、可愛いじゃねぇか。その笑顔は反則だぞ、伊角さんっ!
とたんに機嫌を良くした和谷の頬が綻ぶ。
──ま、いっか。ヤギでも。
「うん、カワイイな〜」
「だろ?」
えへへ、と笑い合う。
こうしてどんどん深みにはまっていく和谷義高(二段)だった。
fin.
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